月の引力/salco
 
どという余りに俗な、社会現象に過ぎない
欲望の一形態を自然科学の尺度に用いる筈もないからだ。
また月面の光景は物語を仮託するには余りに荒漠な、行為の一切から意
味を剥奪する無の深遠であったろう。ただ頭上遥かに小さく浮かぶ星の、
紺碧の大気を纏ったその圧倒的な慈悲と孤立に何らかの感懐を催したこ
とは疑うべくもない。

こんな無窮の秩序はやはり、物理ではなく創造主の存在によってしか説
明がつかないと、宇宙体験の後に却って宗教的になる飛行士は多いとい
う。人智では測り知れない気有壮大をまのあたりにすれば当然生じる、
それは高次の畏怖と敬虔の獲得であって、寧ろ羨望すべき境地だろう。

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