月の引力/salco
 

曰く、人類の偉大など象に食らいつく一匹の蚤だと。

例えば進化論を否定し避妊と人工中絶を殺人と糾弾する宗派がある。
雷鳴に慄く穴居人の頃からこもごも語り、脚色を凝らして来た伝承の労
作をあくまで遵守しようというのである。定義一つでエテ公沙汰の諸々
が止められたら世話はない。
このアナクロびとの固執はしかし智の退行と一笑し難い側面を持つ。
何でも知りたがり、克服したがり、征服しなくては夜も日も明けぬ人間
の、知らなくてもよい、踏み込まなくともよい領域を呼ばわるそれは、
既に死せる神への哀歌に過ぎない。それでもなお葬るべきでない畏敬の
情実がそこにはある。これを無明と呼べるか。
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