パソコンは21世紀の恭次郎を堕胎させるか/KETIPA
はそこにあるのが当たり前、後はその文字の連なりにこめられた意味について議論されることがもっぱら、のように感じる。まずキーボード(あるいは携帯のボタン)で打ち込まれる文字ありき、作品はそれによって創る、というスタンスが非常に定着しつつあるように感じる。
これをどう受け止めるかは当然人によってまちまちだと思う。やっぱり手書きでないとうまく書けない、という人もいるだろうし、一方で手軽に効率よく文章を書けるということで、パソコンを中心に創作するという人も珍しくない筈だ。
これはつまり、より多くの人が均質な材料、均質な環境で創作を行っているということじゃないのか。しかも、電子的な技術によって
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