夢の競馬場/花形新次
 
することだ、とね。
彼らが救済されない限り、あんたに本当の平和が訪れることなど決してありはしないのだから…。

ここに取りあげたのは、1970年代半ば、鎌倉在住の進歩派市民で結成された虹色の絵具競馬廃止を望む市民連合(競廃連)による一連の運動に対して、当時の世の虹色の絵具競馬ファンを代表する形で、孤独な闘いを挑んだ伝説のロックンローラー、ジョージ若松の言葉だ。
 1976年に、よりによって競廃連の代表が市長に当選し、とうとう虹色の絵具競馬の廃止が決定されてしまうと、ジョージは、一年365日欠かすことなく、朝6時から夜9時まで鎌倉駅前に立ち、虹色の絵具競馬が如何に素晴らしいもので、自分達の人
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