労働/攝津正
 
ものに嫉妬したのだろうかと勘繰ってみる。人間歳を重ね賢くなると攝津のように馬鹿は出来ぬものである。人間、馬鹿が出来るうちが華ではないか、などと攝津は考えて見たりもする。だが、馬鹿は所詮、馬鹿でしかないのだ。

 攝津はその日、疲れていた。七時間弱の労働でしかないのに、草臥れてしまう。これでは、十二時間、十三時間超働かされる正社員になど到底なれる筈も無い。攝津は帰るかもう一時間働くか会社から問われ、帰る方を選択したのである。常に楽な方、楽な方に行くのも惰民故か。
 帰りの電車で、JR線の切符を紛失した。財布に入れたはずなのに、どこをどう探しても出てこない。攝津は安部公房の『壁』を読み始めたとこ
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