詩が沈黙する時/岡部淳太郎
 
を恥ずかしく思う必要があるのか」と書いた記憶があるが、いまでもその気持ちは変らないものの、世間や社会から見て詩を書くことが賞揚されていない、ある種の恥ずかしい行為として認識されているらしいことは充分わかっていた。しかしながら、だからこそ詩を書くのであり、そうした世間や社会のグローバリズム的な趨勢へのカウンターとして詩を考えてきたようなところがある。詩をそうした大きなものに対抗するための武装のごとく考えていたのだ。
 詩は詩という言語である。日本語で書かれた詩であるとか、英語で書かれた詩であるとか、あるいはその他のどんな言語で書かれていようと、詩はそれらの言語で書かれたものである以前に「詩という言
[次のページ]
戻る   Point(5)