透明で無害な煙草、倍速で行われる会話、無目的的な快速電車/robart
鏡をずり上げた。文庫本を左手で固定しながら(親指と小指をそれぞれページの両端に据え、残りの三本を表紙の方に置く)、ありもしない煙草を右手の人差し指と中指との間に挟んだ。肘と手首を中心とする円運動で透明な煙草を口元へ運び、体に害のない健康的な煙を吸い込んだ。見えない煙は肺に溜まり、毛細血管を通して体の隅々へと行き渡っただろう。汚すことのない灰をフローリングの床に落とすーーちょうどそこで短編をひとつ読み終えた。
「ずいぶん速く読まれるんですね。」女の声がした。
またか、と思った。自意識過剰でも、自慢話でもない。僕はよく人に話しかけられる。やっぱり、自意識過剰じゃないかと思っただろう。そうではな
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