短歌の音楽性と政治性 山田氏に応えて/非在の虹
る動力だと考えているのだ。
それは、五、七、五、七、七、のリズムだけではない。
現在の「わたし」が現在の「社会」で生きる以上、さまざまに複雑な音楽(リズム)が必要であり、破調こそなければ、現代の歌は成立しない、とまで考えているのだ。
当然のことながら破調、乱調さえあればいい、というのではない。どんな音楽を選ぶかが、まず、ポエジーの伝達に不可欠なのだ。
子規の例の歌は、破調である。破調のよさがある。
その音楽としての面白さは、「三句目字あまり」だからではない。
ならば、誰でも「三句目字あまり」の歌を作ればいいことになる。
「三句目字あまりになるということ以外に俺には元の歌と改作
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