君の背中に追いつかない/秋桜優紀
いときであったとしても。唇を強く噛み締めれば――ほら、何とかなる。
歯並びのあまりよくない歯の隙間に挟まった林檎が気になる。こうなると、舌で触っているだけではどうしてもとれない。まるで、私の片隅にある何か良くわからないしこりのように。本当に、もどかしくて仕方ない。
「行ってらっしゃい」
背中越しの母の声。
「あ、うん。行ってくるね」
嗚咽に揺れそうな言葉を必死の努力でもって保って、病室の外へと続く扉を開ける。
傷は全て私が引き受けてあげる。どうせ、もうすぐ死ぬ身なのだから。
出口をくぐる瞬間、浮かべようとした苦笑の表情を妨げたのは、思いがけなく漏れた小さな苦痛の呻きと、こら
[次のページ]
戻る 編 削 Point(1)