ある日のサイクリングから/寺岡純広
門は関ケ原の戦いで徳川家康の東軍につき、戦後戦場の掃除(戦死者、遺体の埋葬、弔い)を命じられた。
竹中氏の陣屋跡はたいしたものではない。門と石垣のほんの一部を復元しただけだ。歴史好きの私にとってより重要なのは、先に少し述べたように関ケ原の戦いに関連した地理的な位置なのだ。
陣屋跡の南には狭い平地を挟んで南宮山が広がる。ここは、西軍の毛利や長宗我部などの大軍が布陣したところで、その多くは日和見を決め込んだ。激戦を山から見下ろし、将士たちはどんな心持ちだったろうか。
歴史散策で現地に行ってみると、小説をより楽しめる。関ケ原に両軍が着陣するまで、どのような経過を辿ったか、より深く理解でき
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