詩の領域2/パンの愛人
 
うに解釈されているふしがある。
 いずれにしろ、たしかにこれらは寝言のひとつで、意味はほとんどないに等しい。それよりも「取り込む・取り込まれる」といった「動的なシステム」は「文学」の属性のひとつにすぎないと考えた方がいいのではないかと思う。実川氏のように属性と本質を取り違えると途端に話がナンセンスにおちいってしまう。
 本当を言えば、「取り込んで」(あるいは取り込まれて)いく以上、それはやはり空間的な領域を形成しているとみるべきだろう。もしかしたら、その領域をひとは「歴史」と呼ぶのかもしれない。文学でもロックでも「そんなのはとっくの昔に○○がやってるね」というスノッブな振舞いが存在しうる所以で
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