多重化してゆく夢の記録/佐々宝砂
でも彼はまだ慣れていない。それはしかたがないわ、だって彼は今日がはじめてなんだもの。さあ、行きましょう、窓が割れる、蓋然性のひとつとして、それがそのようであるほんのわずかな確率にのっとって、窓が割れる。でも誰一人わたしたちを見上げない。会場の人々は、たまたま音を聞かなかったの。たまたま、わたしたちを見なかったの。わたしは蓋然性のうえを滑りながら銀盤をくるくる回す。ぎくしゃくしながら彼がやってくる。彼が失敗することはわかっている。でもこれはひとつの可能性に過ぎない。私は彼にささやく、これはひとつの可能性に過ぎないのよ、あなたが失敗することはわかっていたわ、落ち込まないで、わたしはもう知っているの。わ
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