林檎愛好/木屋 亞万
 
まった。服を淡々と脱ぎ去っていく様子に、アダムらしさはなく、人間の本能を鮮烈に感じた。私はこの時初めて、彼が林檎をもぐ瞬間を見たのである。それは男性が女性に行う愛撫そのものであった。私は彼のやり場のない愛情が、林檎に対して一心に注がれているのがわかった。彼はその愛情がイヴには全く届かぬことに、まるで気付いていないような幸福そうな顔をしていた。


 なぜ私が今、こんなにも彼の話をしているのか。不思議に思うかもしれない。理由は簡単なことだ。先日、彼が亡くなったのである。自分の齢も省みず、寝そべって林檎をかじったがために、林檎が喉に詰まってしまい、運悪く死んでしまったのだ。告別式で彼の親族は、彼
[次のページ]
戻る   Point(1)