詩人のシノギ (薄田泣菫の巻)/みつべえ
 
、絶賛され、詩人としての道を歩みだす。1899年に詩集「暮笛集」、1901年に「ゆく春」、1905年に「二十五弦」、1906年に「白羊宮」を刊行、いずれも好評を博す。やがて生計を立てるためなのか詩作を断ち散文に転じる。一時小説をかいたが、うまくいかず大阪毎日新聞社に勤めながら随筆をかきはじめ、夕刊に連載した「茶話」で随筆家として盛名を得る。1945年、没。68歳。

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 泣菫は、図書館に通って独力で学問を身につけたらしい。この話で思いだすのはイギリスの作家、コリン・ウィルソン(1931〜)で、かれは高校中退後、大英図書館に通って独学し、あの「アウトサイダー」をかきあげた。明治時代の詩
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