閉店間際/三州生桑
 
閉店間際のスーパーマーケットで、私は大いに焦ってゐた。買はねばならないものがあったのに、どうしても思ひ出せないのだった。ほどなく、客もまばらな店内に「君が代」が流れ始める。君が代?

肩を叩かれ振り向くと、野暮ったい服を着た見知らぬ青年がニヤけて立ってゐた。
「三州さんですね? ぜひ僕の詩集を読んでいただきたいのですが」
読むだけなら、と応へると、彼は一冊の詩集を買ひ物カゴに滑り込ませる。赤いプラスチックの表紙の、凝った装丁の詩集だった。
それで思ひ出す。私は、私の詩集を探してゐたのだった。

「詩集はどの辺に置いてますか?」
呼び止めた女性店員は、目をギュッとつぶったまま何も言は
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