「経験」とは「不可逆な変化」である。/佐々宝砂
 
題されたSF短編が掲載されている。「適切な愛」とは、ある意味皮肉なタイトルだ。小説の冒頭、主人公の女性は交通事故で夫を失いかける。夫は脳だけになってしまうのだが、保険に加入していたのでクローンを造ることができ、命は助かるという。しかしクローンができあがるまでのあいだ、夫の脳をまともに維持するためには高額な装置が必要で、その維持費を払えない妻は自分の子宮を使って夫の脳を生かすことに同意する。必要な時間が過ぎて夫はクローンの身体を得て復活し、妻に心からの礼を言う。それは本当に心からの感謝だと私は思う。そして夫の脳を子宮で生かした妻の決意は、確かに「適切な愛」に基づくものだと思う。だが、私は、夫の感謝に
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