「経験」とは「不可逆な変化」である。/佐々宝砂
 
謝について語りたいのではないし、愛について語りたいのでもない。

小説の最後で、夫の脳を子宮で生かした妻は、自分が元の自分ではない、と感じる。私が話したいと思うのは「元の自分ではない」というこの認識についてなのだ。夫の脳を自分の子宮で生かすという経験がどんなものか、私には想像ができない。所詮SFの中のできごとだと一笑に付す人もあるだろう。現時点の人類の誰一人経験していない経験でもある。しかし、自分の子宮を夫の住まいに提供するような経験はおろか妊娠出産経験を持たない私にも、「適切な愛」の主人公の女性が「元の自分ではない」ことはわかる・・・というか納得できる。

経験とは、もう元の自分に戻れな
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