ドリーはせせら笑う。/錯春
 
やさしくてきれいな思い出だけを残しているわけじゃない、
 だからヤサシイ。



 僕は、思い出せない人達に混じって、ふと、ドリーのことを思う。
 ドリーは金色の光ファイバーの繊維、食器のように柔らかいカーブを辿る睫毛、そして真っ黒な肺臓。
 彼女は肺癌で死んだ。
 まだ10歳にもなっていなかった。
 子供はいたが、その子の行方は定かではない。
 ドリーは世界で一番有名な羊で、その姿はどこにでもいる儚げな瞳を持った羊の姿をしていた。
 ドリーは儚げな羊の格好をした、本当に儚げな仕掛け時計だった。
 僕は逢ったことの無いドリーのことを思い出す。鮮明に思い出す。彼女は白いドレス
[次のページ]
戻る   Point(6)