げんとう/月見里司
走らなくて良い。そう言った男は走っていた。雪の少ない地域であるということは、気
温の高い地域であるということとイコールではなく、早い日没を経てすっかり宇宙が透け
ている。星々の吸熱を、誰も止めることはなく、かりかりと大気を引っかいて街が冷えて
ゆく。男は速度をあげて、電柱と電柱の間を十秒足らずで駆け抜け、白い息と、氷りかけ
た足音が轍のように道路にセンターラインを作る。郊外に出るころには雲が育ち、吸熱さ
れそこなった、ほとんど残っていない熱たちが、所在なく漂って、降りかけの霜と踊って
いる。
月がない。大きく息を吐き出した男は、車も通らない道路の真ん中を、ひどく緩慢に歩
い
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