「徹底的印象批評」のすすめ/渦巻二三五
 

 たとえば、「朝顔」という単語一語から引き出される思い出、それは他の誰も知らないことだけれど、その思い出ゆえに自分はその作品に対して感銘を受けた、ということもあるかもしれません。そうであれば、その思い出もろともを含めてその詩を鑑賞したということになるでしょう。その鑑賞自体は、普遍的ではないその読者個人の私的なものだったとしても、作品が一人の読者にどのように何をもたらしたのかが明らかになります。

 ある一語にまつわるイメージは人によって微妙に違うものですが、大勢と重なる普遍的イメージと、個人によって違う部分とを合わせて知らされることも必要ではないでしょうか。

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