自分は見た/んなこたーない
 
。極度の緊張感が伝播して広がってゆく様がはっきりわかった。しかしピアニストはピアノの前に腰掛けたまま、いつまで経っても弾き始めようとしなかった。無音状態が長引くにつれ、ぼくの神経は過敏になり、やがて内部から激しい憎悪が沸き上がってくるのを感じた。ぼくは眼を閉じて冷静になるよう自分に言い聞かせた。ぼくの頭蓋骨のなかでは、高層ビル街の遥か上空から一台のグランドピアノがスローモーションで落下している。落下地点で誰かが手袋をはめている。いよいよ衝突という瞬間に、あわててぼくは目を見開いた。それでも音楽は始まらなかった。
 舞台の一番高い場所に立ち、両手にシンバルを抱えたぼくは殺戮の秒読みを開始させた。
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