自分は見た/んなこたーない
決定済みの事柄なのだ」
そして彼はポケットから板チョコを取り出すと、猛烈な速さで食べ始めた。
「ああ、ぼくの目の前で、そんな風にチョコレートを食べるのはやめてください。虫歯が疼いてくるんです」
彼はほくそ笑みながら「それも決定済みの事柄だ」と言った。
客席の顔は、どれもみな例のごとく意味ありげな表情の仮面でその下の退屈を覆い隠していた。咳をする。足を踏み鳴らす。プログラムを開く。プログラムを閉じる。男が女を、女が男を品定めする。音楽が始まる前には何も考えてはいけない。彼らはそれを知悉しているに違いなかった。
ピアニストが舞台に現れると同時に、強烈な沈黙が場内を支配した。極
[次のページ]
戻る 編 削 Point(3)