一度脱いで、またはく/由比良 倖
 
「しー、静かに」
 僕が部屋に入るとたろやんはまだ小説を書いていた。僕がご飯と言うとたろやんはそう言って、いま佳境なんだと呟いた。昨日も一昨日もたろやんはそう言ってご飯を食べなかった。食べないと死ぬよと言うと、食べなくても死なない私はとたろやんは答えた。カタカタカタ、カチ、カシャとたろやんは無心に文字を打ち込んでいる。たろやんの顔が薄くディスプレイに照らされて、口の辺りは暗くなって、生きているのか、死んでるのか。ただ、目だけがきらきら光って、指が素早くキーボードの上を撫でるように動いている。
 僕は諦めて台所に行くと、ふたり分のパスタをもりもり食べた。ニンニク抜きのペペロンチーノにキノコを加え
[次のページ]
戻る   Point(1)