コンピューター館の次のテナント/番田 
 

多くが死んでいく気がする街の中で言葉を探している。だけどそれは同時に生きていくことを意味する。しかしそれはそこで自分にとっての明確な答えの何も意味しない。かつて隆盛を誇っていた秋葉原も今は電気街ではなくカルチャーの発信地に変わっしまっている。AKBの台頭もそのひとつの現象の一角として見受けることができる。またメイド喫茶も心の癒しを求めるサラリーマンなどの心を捉えるに今では至った。アップル社には見受けられない改造PCなどのパーツ文化にはすでに昔紙面を賑わせたような話題性はなく、街の産業を活性化させる媒体としては相当難しい。秋葉原の価格自体もネット世界に打ち勝つことが困難だ。女性のフィギュアや各種
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