即興詩人/豊島ケイトウ
昔、近所に即興詩人がいた。即興詩人は髭を剃れば三十代前半で、無精髭のままだと五十代後半といった容貌だった。優しそうな一重瞼と筋の通った鼻と、あと、誤って舌を噛んだら痛そうな犬歯が印象的だった。背は小さかった方だと思う。いつも目やにをつけていた。そういえば、猫に好かれるたちであった彼は、猫を宇宙一嫌っているらしく、毎日近所の猫にたかられては追い払っていた。追い払うとき、邪険そうに眉をしかめてみせてはいるものの、怒鳴る、あるいは足で蹴飛ばす、などという手荒な野蛮なことはせず、「しっ、しっ!」とささやきながら手のひらをひらひらさせるだけである。無害の人なのである。家族はいなさそうだったし、親戚からは避
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