http://po-m.com/forum/
ja
Poems list
2024-03-29T03:19:00+09:00
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少しばかりの仕事をしながら朝未明に動き出す
あれもしなければならないこれもしなければならないという行動を計画をするでもなく
何かしはじめることが多くなった
つまり、あまり思考したくないのである
思考するよりも取りあえず何かをはじめてみる
すると、何かしている間に別なことを思いつき、それを途中でしてみたりと
そして、結局俺は何をしていたのだろうと忘れてしまうことすらある
昼になる前から冷たい雨が降っていた
家の中は底冷えがしてどうしてこんなに寒いんだろうと思った
むしろ雨の方が寒いのだ、それを確信した
昼頃から少し気温が上がったのか、手足の冷えは少し収まり、でも鼻が寒い
鼻のてっぺんが冷たく感じることが多い
やがて人はどんな部位も冷たくなるから少しづつ死へ向かう準備でもしているのであろうか
雨はあがって、どんよりとした濃いミルク色の風景が外にはあった
春だけれども、少雪だけれども、まだ十分な雪は静かに午後の曇天に佇んでいた ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=382389
自由詩
2024-03-23T14:44:51+09:00
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もう少し生きたいという人や
あの時間に戻してくれというような人
未来の時を希望する人
今をもっと濃い時間にして欲しい人
二十四時間を三十時間にして欲しい人
そのニーズにいちいち応えますと
ひらひらと三月の風に幟がなびいている
誰もチラ見はするが今の現実に慣れ過ぎて
夢を買うものなど誰も居ない
高齢者がやってきて屋台を訪ねる
三十年前に戻らせてほしいと店主にいう
はいよ!
そう言いながら店主は手拭いを捲いた頭でうなずき
料理を作り始めた
しばらく待つと
ハイお待ち!
と月並みのラーメンがタン!と置かれている
食べる高齢者
食べながら高齢者の脳が明るくなりはじめ
オレンジ色に輝き始めた
最後のスープを飲み干し
高齢者の脳は再び元に戻り
平静が訪れていた
再び元のただの老人がそこに佇み
お代を支払っている
過去にさかのぼり顧み
数々の選択は間違いはあったけれども
この屋台ではそれを
許すことができるのだった ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=382308
自由詩
2024-03-19T04:30:15+09:00
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眼もなく、口もない魚
、と呼べる生き物なのかどうか
みんなはそれを魚かどうなのか
、と疑問符をハンガーのようにぶら下げていた
一途な男の弾丸が放たれるが
なぜかそれは途中で乳化して急所に届かない
取り巻きの守銭奴たちの祭りは盛り上がり
再び蓋は綴じられていく
口病に侵されているだけの
茶番な構造物の中で
放たれた唾だけが
悪臭を放ち、やがて無機物になってゆく
やはり青い魚はどこかに行こうとしている
私たちはそれを阻止しなければならない ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=382088
自由詩
2024-03-07T07:31:00+09:00
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二月の青空はとても孤独だ
ひとみを綴じた兎が
木の袂でうたた寝をしている
冬は自我をうしない
薄く目を開けて、この青い空を
くちびるをかすかに動かして
未來を見ている
僕だけが
春など来なければいいのにと
まぶしい午後の日差しをながめている ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=381828
自由詩
2024-02-20T07:00:31+09:00
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私自身、ツキノワグマを二頭ほど撃ったことがあったが、それはすべてチーム猟であり、どちらかというと撃たせてもらったというべきであろう。ただ、他の猟においては、チーム猟の煩わしさが厭でほぼ単独猟であった。
「羆撃ち」での著者は、やはり単独猟での猟を身上とし、単独で熊を射止めてきたという。その、「単独」という言葉にひどく心揺さぶられ、読み進めたのであるが、細かい自然描写がなされ、文学作品を読んでいるかのような趣があり、これは最後まで読んで間違いはないだろうという確信を得た。
まず、筆者は大学を卒業すると同時にプロハンターを生業としようとする固い意志があった。そのために用意周到にまずはベースキャンプを張り、そこを拠点に羆を求め、沢を遡行・渡渉したり、尾根筋から足跡や痕跡を分析したりと、地道な調査を徹底的にやったようだ。
羆の痕跡を求める際に、一日何キロ、あるいは十キロ以上の道なき道を行くわけで、その都度ベースキャンプに戻っていたのでは足跡の消滅など、追跡できなくなるため、ツェルトなどのビバーグが当たり前だったようである。その結果として、羆になるべく接近し、至近距離での捕獲が主だったようだ。
止め矢の後、皮剥ぎから内臓の摘出まで細かい描写で綴られているのである。膵臓、肺、膀胱などは食不適なため、他の動物のために自然に返すが、あとは腸の洗浄から何まで、我々がかつて熊狩りでやってきたこととほぼ同等の作業で解体していたようである。ただ、ツキノワグマよりも相当大きい羆であるから、何日もかけて各部位をベースキャンプに運んだという。
この時代背景は一九七〇年台であり、当時の猟だけの年収は八十万円ほどだったという。今の時代なら低収入だが、その当時の八十万円というのはさほど悪い金額でもなかったのだろう。
単独猟では、野生に入浸る必要があると久保氏は書いている。人間が立っている時の目線ではなく、四つ足動物の這っている時の目線である。さらに、羆たちの各個体の癖や好きな植物、それらが生えていそうな地形、また、彼らが一晩の寝床に用いるべく風通しの有無など徹頭徹尾研究し、把握していったのである。それは単独猟ならではの為せる所業であるとともに、血のにじむ細部の探求がなければ羆に近寄ることができないが故の気の遠くなるような作業だったのであろう。そして、羆を射程内に収めてからの、撃ち手の銃という器具が最大限能力を発揮できるかという観点から、正確無比な射撃技術と銃のきめ細やかなメンテナンスなど、ずぼらな私から見れば雲泥の差なのだと感じた。
筆者はずっと単独猟であったが、ある時に猟犬を飼うこととなった。フチという名の猟犬である。アイヌ犬でありながら、気性の荒い雑な雄犬ではなく雌犬を選択したのである。オスは気が荒いが、獲物を追いこんだりする際に諦めてしまう単体も多いのだと言われる。また、雌は小ぶりながら小回りが利くという点から、雌犬を選んだようだ。この雌犬のフチは従順で頭も良く、タヌキから始まり、エゾジカ猟でも素晴らしい働きを見せた。猟犬フチとの間合い、意思の疎通、それらが見事に描かれているのである。そして、徐々に成長していく中で、羆猟でも勇敢に羆を筆者の方向へ的確に追い込み、何頭か捕獲したと書かれている。
しかし、その後筆者は自分の力量を試したく、外国でハンターガイドスクールに入校し、プロハンターとなるのである。単独猟を行っていた筆者も、馬の乗り方には相当苦労したようであるが、その他に関しては優良な成績であり、有能なガイドだったようだ。
一年後、故郷に戻り、フチと再会。再びフチとの羆猟に没頭するが、フチが十才を過ぎた頃、病死する。フチは死の前でも猟欲を失うことなく、最後の猟場を筆者と過ごした。
「羆撃ち」はドキュメントであるが、単にレポート化しているのではなく、情景描写が巧みであるとともに、実体験からくる切迫感や、あたりに漂う匂いや音まで感じることができる作品である。商業的な意図をふんだんに感じられる作品にはない、事実であるが故の文字の重さや文体がそこにある。
余談である。作品中に出てくる、猟犬フチの語源については何らかの意味があったのだろう。しかし、筆者は、小さな(ささやき声)でも聞き取れるし、うるさい時でも聞き取れる韻であるということから命名したようである。
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http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=381571
散文(批評随筆小説等)
2024-02-05T12:14:20+09:00
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西村賢太(以下西村氏)の略歴は中学校卒業であり、ずっと日雇い人夫などをし生計を立てていたようである。小説を読み、そして自分も書き、芥川賞を「苦役列車」で受賞している。
西村氏と映画「苦役列車」の監督の間で、原作と違うということで一悶着あったと「やまいだれの歌」の解説に書かれていた。ただ、私的にはさほど違和感は感じられなかったし、主演の森山未來や、友人役の高良健吾など、良い演技をしていたと思う。
西村氏の小説は私小説家である。自らの生い立ちや父親の犯罪など、飾らずに向き合い、ハナシにしている。普通は話したくないことを平然と描き、自らの恥部や性癖を惜しげもなくさらし続ける様は、見ていて吐き気を催す読者も多いと思う。しかし逆に、そこに人間の生を感じ、生き物が本来あるべき姿を抽出しているという部分も散見する。
「苦役列車」は、もしかすると途中までしか読んでいなかった…ような記憶がある。理由は筆致が気持ち良くなかったのだ。芥川賞受賞という、なにか文学的なにおいをイメージしていたのだが、粗野な文体とリズムが無いといったような、どことなくガキボキした印象だったからである。年号を見ると「苦役列車」は二〇一〇年。最近読んだ「やまいだれの歌」は芥川賞受賞後の二〇一四年である。この「やまいだれの歌」においての表現は見事であった。粗野ではあるが、エネルギッシュで若さと馬鹿さが噴出し、しかしまたそれが意気消沈し、吐き出された汚物のような、名もない生命体になってしまう主人公の生きるという美しさを表現しているのである。そしてなによりも緻密だ。
話は少し逸脱するが、赤字ローカル線の無人駅の除雪作業員常用となり、今年で三年目の冬であるが、過去二年は読書三昧だった。難しめの本や、娯楽性の物、多々読んだ。好きな小説家にどっぷりと嵌り、徹夜で読み耽るということも多々あったのだが、基本読書家ではなかった。本とともに埋もれたいという、我が友人のような生き方は無理だろう。
今年は読書にあまりこだわらず、好きな本しか読まないこととしていた矢先の、西村氏の「やまいだれの歌」であった。
作家、西村賢太は二年前病死した。心疾患による急死だったようだが、いかにも氏らしい死に様だったと思う。まさに太く短く生き、そして何よりも濃い生きざまだったのではないだろうか。
ほぼ私のことをすべて語ってくれているような錯覚になり、彼に共感しているが、私は残念ながら気が小さいのだ。氏のような生き方は出来ないが、あらためて自分を知るいいきっかけになったと思う。
もちろん、また別の作品も探してみたいと思っている。 ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=381284
散文(批評随筆小説等)
2024-01-18T07:58:19+09:00
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それとも、未明に降り出した重い湿雪が足にまとわりつくためなのか
たぶん、それは眩暈とかではなくて
朝のうちに歩いておこうとする、重い義務感がそうさせているかもしれなかった
真冬の暗闇は、かすかに雪の白さが感じられる明るさがあった
雪の量は、例年になくひどく少なくて
ただ、今日、夜明け前の朝は雪が降りそそいでいた
新しく新雪が積もった道路は歩きにくくて、足の一歩づつが粘るようだ
頭の帽子の上にさらに防寒着のフードを被っていた
耳の横の繊維の近くで、雪の一つ一つが衝突し、さらっ、さらっ
と触れる音がする
さらっ、さらっ、さらっ。
雪の結晶は幾重にも重なり
ひとつづつの塊となって私のフードにあたり、くずれてゆく音だ
どことなく雪同士が、ひそひそひそとつぶやくように防寒着に触れる
妙に、懐かしいような。
これはほんとうなのだろうかと思うほどの時間の存在がそこにあった ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=381238
自由詩
2024-01-15T10:30:55+09:00
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雪は未だ、ここに居てもいいのかどうなのか、
わからないでいるように見えたりする、初冬
暗い雪の夜道を歩いてみれば、小首をかしげた四つ足獣の足跡一匹
獣毛から匂い立つ冬へのいざないを想像する
三つの季節の激情を回顧すれば、
そこにあるのは三つ巴に絡みついた汗と、
言いようのない不条理な刹那の数々
そのすべてが不可思議な臓物に消化されて天空へと舞い上がり、
こうして、
これ以上白くならないというほどの純度の白色を堆積させてくれた
冬の前に死んでしまった三つの季節の私が、
かりかりと凍った夜明け前を歩いている
生まれ変わることは永劫無い、が、しかし
たたかって負けるのか、たたかう前に負け散ってゆくのか
どちらが良いなどと言いようもない
けれど、冬の卵が孵り、冬の時計は動き始めた ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=380782
自由詩
2023-12-19T07:19:36+09:00
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それくらい何もなくて
ひどくあたたかい
十二月の雨
窓際に並べた
不安の広口瓶の
埃をはらえば
鋭角な触覚が
のたうちながら蠢いていた
干からびた私は
十二月の季節はずれの雨に
いくぶん湿り気をとりもどし
わからない何かを求めて
見えない未来を少し
暖めようと
しているのかもしれない
十二月の雨は
何ももたらすことなど
なかったけれど
一つまた年を越えることを
かすかに
望んだ日でもあった ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=380662
自由詩
2023-12-12T11:03:33+09:00
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肌触りの悪い紙に包まれて
ずいぶんと劣悪な道を転がされて
半年を終えました
半分寝ているような覚醒しているような
まるで白夜のようでした
作業所のピノキオたちは寝静まり
音を立てなくなると
ひどく平穏になるのです
まるでそれは幼児の頃
母の背中で母の焦燥をも知らずに
いたずらに眠りこけていたように
数日前、おびただしい寝汗をかき
たくさんの物の怪がさめざめとした夜へ
放念されたのでしょうか
ひどいことに
私は十時間も寝てしまっていました ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=380597
自由詩
2023-12-08T06:12:12+09:00
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雪にまつわること。たくさんあり過ぎて語れないほど。雪を心待ちした青年期、悩まされた中年期、そして老いを感じる今の眼前に或る物は、奇跡のような色を放つ雪の世界だ。
雪が美しいと人は言う。間違いではない、むしろそれは正しい。雪国に住む者にとっては、それは悪魔だったりするが、やはり美しさに間違いはない。どんなに仕打ちを受けようとも、その美しさは普遍であり、だからこそ雪の中に埋没する。
冬の苦しさ・厳しさ、閉塞感は語るまでもない。しかし、日の光が雪氷に反射すると、その表面は宝石をちりばめたように光る。視線の先から次の視線まで、宝石は無限に雪の表面に点滅を繰り返す。
冬は異国だ。私たち雪国人はこれから長い旅に向かうのである。季節感のあまりない三つの季節とは無縁の、異質な雪だけの世界の旅に向かうのである。 ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=380426
自由詩
2023-11-26T08:09:03+09:00
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葉はそれぞれに、その存在を主張することもなく
いたずらに冬待ちの時間を費やしていた
そしてそれら樹々や草、虫ですらも
冬が来るということを知っていた
かつて車道だった林道の土と小石は
冷たく、私の独り言すらも受け流していた
標高九百メートルの平地の山道には
うっすらと雪が積もり
まるで感覚のない手で
わずかに残った山の幸を掻き取ってゆく
冬が来る
押し黙った、何も語らない冬が
雪の匂いとともにやってくる
そして、私も
口を開くことはなかった ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=380242
自由詩
2023-11-13T07:19:37+09:00
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昨晩は、家業がすべて飛び、淡々と夜を過ごした。気になっていることも多々あったが、さしあたり今動いても仕方がないことばかりで、しばらくゴミのように放っておくしかないと決めた夜でもあった。
自分より不幸な動画をながめ、俺の方がまだましだと安心してみたり、あるいはその逆であったりと、あいかわらず心は縦横無尽に飛びまわるのみで、リードすらつけることが出来ないでいる。心をコントロールすることができるのなら、人はもっと幸福になれるだろうと思うのだが、それはそれで味気ないかも知れない。
昨日、朝から妻はどこかに出かけると言い、私は残って家業宅の部屋掃除をしたりしていた。カメムシの死骸処理をしなければならなかったし、自分にこれから起こりうる妄想を楽しんだりした。相手が私に良い仕事を振ってくるという設定をし、私がそれに答えるという芝居を行うことが禁断の楽しみでもあった。いうなれば、ヘッドハンティング的な設定で私はしばし楽しんだのである。それを妄想し、実際に架空の相手に対し言葉を発することで、厭な掃除仕事も苦ではなくなるのである。
外は終日冷たい雨が降っていた。つまりはそうなのである。心は晴れをイメージしても、外は暗鬱な雨が支配している。それが現実というものであり、ゆるぎないほどそれは堅牢に出来ていて、爪を立てても傷すら入らないのである。それはぬるま湯から寒い外気に触れる様な感覚でもあった。
十月は後半になった。些細な日雇い仕事もあと一か月少しで終わることとなる。一年たりとも平穏な仕事に就くということがない私たちはまるで越冬カメムシのようですらある。冬の顔をつくり、冬の言葉を発し、冬の落胆やわずかな希望をポケットに少し入れて日々を生きていくということ。次第に失われてゆくもの、剥ぎ取られてゆくものを見送る日々の中を生きていかなければならない。
生きるということは簡単ではない。でもそんなに難しいことではない、そう思うしかないのだから。 ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=379908
散文(批評随筆小説等)
2023-10-22T06:24:36+09:00
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何よりもここ二カ月近く、終日休みということがなかった。なので、昨日は思い切って勤務仕事も休みをとり、ゆっくり好きな場所へでも行こうと思っていたのである。がしかし、貧乏性であるが故、常連客を断れず仕事をとってしまい休日ではなくなってしまった。あちこちの掃除を終えてふと調理台を見ると包丁が錆びかけている。一番新しい包丁でも二〇〇六年製だからずいぶん前だし、鋼製だから錆びやすい。しっかりと水気をとっているのだが、何らかの水分が付着するのか日にちを置くと錆びが浮くようになってしまっていた。また研がなければならないのかという落胆とともに、あたらしい錆びにくい包丁を入手しようという気になっていた。
思い込み。というのは実に損をするものだということは最近分かったことなのだが、ある事柄を断定的に思い込むことで、一切のある種の考えをシャットアウトしてしまう傾向が私にはあるようなのだ。それで随分遠回りもしてきたし、損をしてきた生き下手な人間だったのだと思っている。
包丁について、私は断固として鋼でなければ包丁ではないという思い込みがあった。鋼は錆びやすいがやわらかいので刃がつけやすく、管理をしっかりしていればずっと使うことが可能であり、それ以外の金属の包丁は良くないものという考えがあった。
包丁は数本持っているが、菜切り包丁みたいなごく一般的な包丁は錆びず、刃も着けやすくとても気にいっていた。そんな性質の牛刀を手に入れたいと思ったのである。仕事で使うモノを新調するなどということは、今まで無かったのだが、不思議なことである。単純に錆びにくい包丁がいきなり欲しくなったのである。それは、子供の頃、欲しかったおもちゃを手に入れ、寝床の枕元に置いて眠り、目覚めるとそのおもちゃの存在を確認してホッとする、そんな心境に浸りたいと思ったのである。
包丁は、道の駅の中にある刃物専門店を訪問した。高いものは三万円台まであったが、手持ちのお金もさしてあるわけではなく、刃渡り二十四センチ全長三十八センチの包丁を買った。一万四千三百円であった。
体力も落ちて、山林仕事や山の整備もきつくなってきた。自然と体全体が、もっと楽をしたいと思い始めているのであろうか。今までは、包丁など二の次であり、とりあえず切れれば良いというものであったが、ここに来て包丁が欲しくなったという心境は、如何なるものなのだろうと、何か不思議な気がするのである。
山小屋の調理はさして技巧などいらないが、それでもその末端として生きてきたという過去がある。ここいらでもう一度初心に戻れというわずかな鎹が芽生えているのであろうか。
冬待ち
好きな仕事であっても、それを取り巻く同僚の面子などが変わってくると、上司の態度も変わってくる。それを痛いほど知った年であった。それは定年をむかえ一線を退いたから故のものなのだから自然と言えば自然でもある。その自然なことを受け入れることが出来ず苦しんだ年だった。楽しかった十年は苦しみの一年のスタートだったのだと知る。
一昨日、客の食事を作り、客を送り出掛けることにした。来る某日に客から山案内(古道)を依頼されていたが、某沢の渡渉が難しいかも知れないとの情報があったので下見に行くこととしていた。あいにく天気は雨予報であったが、単独での行動なので気にすることはなかった。
雨は少し降っていた。駐車場には貨物のワンボックスカーが一台停車されているのみで、こんな雨模様の日に山に行く人はほぼ居ない。
先月後半まで、各所登山道の草刈りを行い、すべて終了していた。その荷物に較べれば、弁当などが少しあるのみの軽い荷でしかなかった。
未だ秋たけなわとは言えない景色がある。紅葉も始まりかけているといった感じで、きらびやかに視界の先の空気をつんざくような色合いもまだない。
執拗なほど手入れされた山道は、「山を愛する仲間たち」というレッテルを付けた人々によって作業が進められたものなのだろう。仲間の少ない私には理解できない世界があるのだった。たがいに笑い合い、終われば「また来年もよろしくお願いします」と散ってゆくだけのつながりのために愛好家たちは集合する。
雨はかすかに降っていたが、雨具を着る必要があるかどうかという愚問を自分に投げかけていたのだが、少し肌寒くもあり防寒のために雨具を着たまま歩いた。
5月末からおよそ10kgの減量を行い、さすがに体は軽い。よって、はやる気持ちが体を前に前に進ませ、椿尾根というところまではかなり早いペースで歩けた。
2時間半後、目的の沢に着き様子を見る。とくに難しい局面も見当たらず、少し拍子抜けしたような気がした。
帰りは、周回コースの番屋山に登ってから下るつもりだった。
昼過ぎから雨は本降りを迎えていた。
雨が樹々の葉にあたり、音を立てている。とても、気持ちがいい。誰も居ない山道。ところどころ香るような紅葉が映えていて、雨なのに遠望が程よく利いている。来てよかった。本当にそう思った。なぜなら、私という容器にこんなにも、すっぽりとわたしが収まっている。
]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=379143
散文(批評随筆小説等)
2023-09-14T06:10:34+09:00
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そして少し青みがかった雪に身を投ずれば、
はるか昔の少年がいる
そういえば私は昔、少年だった。
と言葉を発する
誰にでもない、
おびただしく佇んだ雪達に向かって
私は少年だった、
と
今降ったばかりの雪に名をつけるでもなく
私は、昔少年だった。
という言葉を最後に、言葉を発しなかった
雪を退ける機具でひたすらに動く私の目の前には
無造作に雪は降り積む
空を見上げる。
すると私は上に登り始める
上へ上へ。私は登ってゆく
それはあたかも
なにかを達観した浮遊物のようでもあり
実体のない、虚無であったりする
冬の子宮に入るようだと、私は思う
呼吸し、心臓を稼働させて
私は足跡を、
雪面に、
たくさん、つけた。 ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=378755
自由詩
2023-08-23T07:22:11+09:00
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塩辛さが痛い
草は水を失い
根無し草を被っている
ミンミンゼミは狂い鳴き
一日のはじまりから終わりまで
命の終末まで生を主張する
夏は終わろうとしていた
いつの時代も晩夏は存在し
蝉をまき散らし
暑さをふりまいた
今日も夜が明ける
朝焼けのような雲が
刷毛で描かれたように
好きな稜線の上を
こともなげに
浮かんでいる ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=378640
自由詩
2023-08-16T04:53:30+09:00
-
遠く、命の向こう側から聞こえてくるのは
ニイニイゼミの声
毛穴から染み入り、毛細をとおって
脳内に聞こえてくる
頭上を爆撃機がかすめて飛んでいた
なのに街は箱庭のようにじっとしていて
音は暑さで凍っている
モンシロチョウは健康にはばたき
空間をよろこび
命の光をばらまいている
夏が
苔むす身体の中に
無造作に入り込む気配がして
ふいに荒れ地を見ると
そこに忘れていた
現実の草たちが無造作に生え続けていた ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=378076
自由詩
2023-07-05T15:49:52+09:00
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泡立つように一つの感覚が芽生えてはうなだれ
いつもように日々が過ぎていくのを
僕は目を少し開けては眺めている
昨日少し生まれ変わり、風の子供の歌を聴いた気がした
でも、朝、ひどく疲れていて、重積した腐葉土がうめいている
街のバイパスを、終末に向かう人のように僕は
ただ、言葉も発することもなく、車を走らせていた
間欠ワイパーは、強くなったり弱くなったりする雨粒を
ただ単に浚っていく
聞き飽きたBGMは、僕の生きざまのようで
まるで生きることに疲れている音源で
ふて腐れて鳴り続けている
量販店の硝子に映る僕は僕ですか?
何者ですか、君は
終わりの見えない終わりに向かうのはどうですか?
歩くことも走ることも出来ずに
こうして僕は
僕をながめ
動けずにいる ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=377551
自由詩
2023-05-29T20:45:54+09:00
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なにかが、細かく砕かれ
くたびれた風にとばされて
不穏に小枝をゆらした
若い葉の裏側を通り
ささやきながら去っていった
あらゆる事が既にそこにあって
なまぐさく居座っている
そのパズルを組み立ててはばらし
エンドレスなゲームが繰り返される
世界はかわらない
いつものようにため息を増産し
その熱量で滑稽なものが造られる
小枝は季節はずれの暑さに
うろたえながら
黙り続ける事などないのだと
少しばかり、思うのだった ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=376502
自由詩
2023-04-04T20:21:58+09:00
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夜明け前の朝は、そうした匂いが感じられ
鳥は瞼を微動させて小さく羽毛を震わす
風は樹の洞に仕舞われて
リスの鼓動がすこしづつ増してゆく
時を軽くカップに入れてかき混ぜて
あまり熱くない湯を注いで待つ
身近な何かがするりと剝けて
少し艶のあるものが現れてくる
朝は夜明け前を選んで読書する
何かが微風に揺れて
だれかの皮膚のすき間から
体の中に入り込んでいくのを見ている ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=375987
自由詩
2023-03-03T05:31:43+09:00
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どこからともなく、螺子を巻かれたわけでもなく、
静かに乾き、ひとつの可能性のために降り積んでいくかのように
しらんだ冬の
おっとりとした、
湿気のある日々が失われるとき
またしめやかに旅が開始された
いくつかの引き出しに仕舞い込んだ玉手箱を出して顔にあびる、
そうすることでまた冬になる
撫で肩の冬が失われ、
刻々と戯れをやめた雪が錆びついた白にくさびを打ってゆく
玄関には新しい花束が届けられて
それはついさっきから届けれた新鮮な色合いと
いくぶん青く冷めた息をしていた ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=375268
自由詩
2023-01-21T10:37:43+09:00
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私は呼吸も荒い中、足を止め
元気ですか――と、声掛けした
彼は特に気にするでもなく、じっとしていて
じっとしていることが最大の防御ですと言わんばかりに
私をしかとしている
おまえは蛞蝓だから仕方ないなと私はあきらめ
エアー煙草を吸うことにした
人差し指と中指で妄想煙草に火をつけて
霧に咽ぶ山道の倒木に腰掛けて
空想の煙を吐く
うまい
彼はひたすら動かない
それはとてつもなく大きい自我の塊であり
とてつもなく巨大な意志で出来ていて
悟りを越えたところの境地にまで達して居り
私は彼に完全に押し込まれていた
見ると彼は彼の這った痕跡が粘質に光っていて
過去を枯れた幹に塗しつけているのだった ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=375172
自由詩
2023-01-14T08:41:39+09:00
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かねてよりアウトドア用品をかなり買い込んでいたのだが、まだいくつかとりあえず必要なものがあったので某店に行くことにしていた。しかし、妻が善光寺に行かないかと誘うので、向かった。自分の車の後部タイヤの溝がやや不安があったので、妻の狭いセダンで向かった。
意外に思うかもしれないが、妻は運転が好きなので、私は助手席に乗ることが多い。その日も好天で日差しがまぶしく、サングラスをかけて助手席に乗り込んだ。妻にとって、善行寺とは何なのであろうか、毎年一回は行くようになってしまった。
山腹には昨日の初雪が少し残ってはいるが、道路はアスファルトが出ていていつものどおりのスピードで走ることができる。
長野市近くになるとリンゴ畑にはまだリンゴがたくさん残っているが、これはもう放っておくのであろう。近くに山があるから、クマやタヌキたちがやってきて食べるのではないかと心配する。
善行寺近くの駐車場に車を停車させとりあえずランチをとることにした。これもすでに妻は此処の店と決めていたような所作で、位置を特定し私は妻の後ろをひょこひょこついて行くだけであった。よく知らないがカフェ風の店で、料理は和洋折衷のようなメニューであった。前の日の夜はかつて山林仕事で勤務した方と現役の私たちの計三名でなじみの店で飲んだ。もちろん、私はノンアルコールをひたすら飲み、料理も臍から飛び出すほど食いまくった。おかげで妻が選んだ店の料理もあまり食欲の湧くタイミングではなかった。内容もミニ寿司が何個かあって、蕎麦ラーメンがセットとなっている料理であった。一見見た目はおしゃれだが、ミニ寿司の出来栄えは少々雑でもあり、蕎麦ラーメンのチャーシューは冷凍焼けくさいものであった。有名な店なのだろう、たくさんのお客さんが居たが店の演出だけが長けていて、どこか食の本質が忘れられているような気がした。たぶん、これも昨日の爆食いが作用したものだろうと思うようにしたが、なにかお高い人たちばかりの客を見ているだけで気分は良くなかった。
善行寺に続く道はそこそこ遠くて、妻は車で再度向かうことを提案したが、私は何キロも歩くわけではあるまいと歩いて向かった。通路にはたくさんの家族連れや年寄、私たちのような世代や日本びいきの外国人など、私は人いきれで嫌になったが、妻はそういうところに慣れているのか、比較的空いている、と言う。できれば過去に戻り、妻と子供たちとともに訪れたいと、胸が少し痛んだ。まずは巨大な香炉に線香一束をくべて煙を体にあびることから始まり、木像の体の部位を撫でては自分の悪い部分を触るという儀式、最後は本殿の賽銭箱に小銭を投げ込み合掌して終了という流れだった。
帰り道を歩いていると、小さな子連れの家族が何組も居たが、子供数が少ないと感じた。子供発見作業に明け暮れていた私だった。それだけ世の中は子供を持つことに躊躇するような世の中になっているということだろう。それどころか、結婚すらもできない男女が増えているという。夫婦がそれぞれ、勝ち組の人生を歩んでいる者だけが結婚でき、子供が持てるのが現代なのだろうか。どこまでこんな世の中が続くのだろうか、日本丸は。
飯山に入ると、私はふと妻に運転を交代しようかと言う。頑固な妻も私に運転を譲るという。正直言って私は運転が嫌いではないが、妻の助手席でスマホや景色を眺めているのが好きなのである。ほとんどの私たちの世代の夫婦は夫が厳つい顔で運転席に座り、妻を制しながらリーダーシップをとりたがるのが常だが、私たちの場合は妻がリーダーであるという気がしている。父はそれを情けないと詰るが、私はあまり気にしていない。
アウトドアショップに着いたのは午後五時を回っていた。セール中なので混んで駐車できないのではあるまいかと心配したがそうでもなかった。応対には社長が対応し、そそくさと何点か不足分を仕入れた。品物については専門的なマニアックな物品なので割愛する。
すべての所用が終わり、簡易寿司店で夕食としたが、此処はかなり待たされた。あまり味はわからなかったが、ネタは良かったのであろう。気になるのは、妻のここのところの食欲と第三、第四、第五?だろうかの成長期である。 ]]>
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散文(批評随筆小説等)
2022-12-04T11:30:45+09:00
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川村は山小屋を営んでいた。山小屋と言っても山岳に位置しているわけでもなく、小さいながらも旅館許可を得、営業したての頃は日帰りの手打ち蕎麦店も営み、宴会から学生合宿、登山客など、来るもの拒まずという営業スタイルであった。しかし、営業開始から三十年弱経った現在ではそれだけでは食えず、地元の林業関係の事業所に身を寄せつつ、家業も細々と続けていた。
朝九時から営業を始める近くの町のスーパーは五分前なのに入ることが許されていた。いわゆるプロの人たちもそこに行き、仕入れをする。小規模の店を切り盛りする飲食店などは便利な存在なのだろう。一人でカートを押しながら、足早に山のようにカートに積み込んでいるのは、まず同業者と言えよう。そんな人種が多いのは朝一である。
パセリがないのに気づき、店員に問うと、今は置いていないのだという。何かで代替えしなければならない。そう思う。
先月はほぼ客は無く、久々の仕入れであった。セルフレジは以前一度だけやってみたことはあったが、普段はあまり使ったことがない。しかし、その日は通常レジが混んでいて、セルフレジは一人もいなかった。また、セルフレジ担当の店員が盛んに、こちらもお使いください、と連呼しているのを見て、そこを使うこととした。使い方をじっくり読み、そのとおりにやると意外に簡単だ。バーコードを差し添えると金額が明示される。意外におもしろい、そう思った。また、自分で品を容れ物にそれぞれ配分し、投入していくという行動は、一種遊び心も芽生える。これは、なんか楽しい、川村はそっと笑った。釣銭とかのボタンを押したりしていると後方に圧力を感じ、振り返ると、男がセルフレジを使おうと並んでいた。周りを見渡すとセルフレジ群はそれぞれ客が操作し、すべて使われているようであった。なるべく、年寄と思われたくない。老害と呼ばれないようにしたいという気持ちが川村にはあった。釣銭を財布に押し込んではそそくさとセルフレジを後にした。
夕食は六品ほど考えていたが、原材料費を抑えつつ、馳走風に脚色する必要があった。ナスを何とかして馳走風にできないものだろうか、と考えた時、田楽風にしてみたらどうだろう?という発想が浮かんだ。生のナスを切って甘辛い味噌を塗り、グリルで焼くという方法が浮かんだが、それではナス全体に火が通ることは不可能だ。一度素揚げにしないといけないだろう。つまり一度素揚げし、その表面に甘辛い味噌を塗り、グリルで焼き付けるというものである。結果、まずまずだったが、塗った味噌の味がしょっぱすぎて、今一つであった。だったら、ただの揚げナスか煮びたしなどにした方が良かったのではないかというのもあるだろうが、一応努力してます感は与えることができたであろう。川村は、まずまずだったのではあるまいか?とそこそこの感触を得ていた。しょせん、自分には料理の基礎も、技術もない。あるのは真心だけという、くすぐったい気持ちしかなかったが、まさにそれなのだろうという気がしていた。なにも武器は無いけれど、素手でも戦う準備は出来ている、そう考えていた。
九月十二日、川村の第三の職種、登山道整備の最終日だった。守門岳から作業を終え、妙な音に気付き、そこに視線が貼りついていた。地上三メートルのブナの大木の洞からスズメバチが盛んに出入りしていた。朝はここを通り、草を刈りながら通過したはずだが、まったく気づかなかった。頭上であるから、ハチも警戒心がなく、川村自身も全く分からなかったのであろう。
川村の住む地区には守門岳と浅草岳という二つの中規模の山岳があり、登山道は長短含めると六コ-スあった。そこを三名でそれぞれ担当区域を分け、単独で行うのである。川村は以前は一コースのみ依頼され行なっていたが、徐々に担当者がリタイヤし、四コースまで増えてしまっていた。きついが実入りが多く、この時期が一年で最大の難関期でもあった。さらに今年は、九月の連休に、ある程度の家業が見込まれ、その前に登山道作業を終わらせる必要があった。つまり、今年の登山道整備はハードだった。いつもなら九月いっぱい適当に日にちを振り分けて行うのだが、今年はそうはいかない。プレッシャー感じながらの作業であり、疲労もピークを迎えていた。八月半ばから林業事業所の勤務仕事に加え、この登山道整備を続けていた。一か月近い間、休みなしに刈払い機を使用していたということになる。そんなハードな十二日間が終わり、ゆったりと刈り払い機を担ぎ、登山道を降下していた矢先のハチの営巣発見であった。
「なかなか、何事もすんなりと行かせてくれないんだな」
川村はそうつぶやくと、夕焼けに染まった遠い稜線を眺めつつ、一心不乱に洞から出入りするスズメバチを目で追っていた。
スズメバチは凶悪である、とされている。攻撃性が高く、巣に危害を加える対象には毒針を突き刺し、間違ってショックで死に至るものもいる。だが、果たしてそうなのだろうか?
スズメバチの女王バチは越冬し、春からはせっせと巣作りをし、仔を産む。ひたすら働きバチを生み続け、働きバチたちは女王バチや幼虫に餌を運び育てる。幼虫を世話し、餌を運び、外敵から巣を守るということを仕事とし、死んでいく。本当の悪とはどこにあるのだろうか。働きバチたちは洗脳されているに過ぎない。限られた女王バチだけがぬくぬくと生き、温床に留まっているのだ。
「しょせん、人と同じだな」
川村はそうつぶやき、日を改めてハチ対策に再び来なければならないと思った。
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散文(批評随筆小説等)
2022-09-21T07:14:23+09:00
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かすかな青い空が
ひかえめにのぞいていた
いたるところに停車された鉄の馬たち
それぞれが夏の欠片をカートに入れて
手綱を引いていた
盆は静かに終わりをむかえ
ひっそりとオトシブミの編む葉のように
丸まりかけている
散っていった蜘蛛の子たちを
送る日も過ぎて
その、さびしさをごまかすように
町のスーパーは
まだ
にぎわっていた ]]>
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自由詩
2022-08-15T17:03:43+09:00
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朝からミンミンゼミは鳴いている。
心の洞窟に蝙蝠がぶら下がり、鬼蜘蛛がのそりと動く。
湿気のある岸壁に苔がむし、カマドウマのような虫がおそろしい脚力で飛び跳ねる。
洞窟の中で膝小僧を抱えてはひとしきりため息を吐いては、原始の森の外を眺めているのだ。
山の細道は念入りに草丈を増して、夏の暑さに酔いしれていることだろう。
暗記してしまった言葉を意味もなく繰り返す、虫たちの宴が燃えている。
漂う、一介の山岳労働作業者、右往左往するでもなく入りこんでいく。
その様子を誰も見ることはない。 ]]>
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自由詩
2022-08-10T07:06:50+09:00
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六月初旬の週末あたりから家業は忙しくなり、先週あたりまで続いた。花愛で登山のピークが終わり、山は閑散とし、我が山小屋も閑古鳥たちが棲みつき始めた。そのタイミングで、コロナ禍の再燃となったのである。コロナがもうちょっと早いタイミングでやってきたなら、家業へのダメージはかなりあったのではないかと思うのである。
十万キロを超えた八人乗りの愛車も車検の為、今は修理屋に入っているが、予想通り修理代は高くつくそうだ。車を持たない登山者をせっせと送迎し、タイヤやブレーキは大きく摩耗し、各パーツの交換も多々しないといけないとのことである。かといって、白タクになってしまうほどのあからさまな送迎代を徴収するわけにもいかず、まさに貧乏性なのだなと思う次第だ。故に今は修理屋の代車を借りているのだが、これがまったくの自家用車で、何かを積めるスペースはほぼ無い。拠って土日の登山道整備予定も取りやめとした。
そういえば、随分自分のための休日は無かったのだ。先々月末から休んでいなく、今日明日と二連休することも考えている。なにをするかは決めていないが、ブックオフで何か本を買いたいというのと、使い古しの音源があればと思っている。この間、ブルーススプリングスティーンやボンジョビを求めたが、ボンジョビはがっかりさせられた。今度はアイアンメイディンなんかを見つけてみようか。毛色の違うものとして、クラシックのビバルディ―とかがあると嬉しいが。あとは、作業用品店でヘルメットのフェイスガードを入手したいと思っている。かつて登山道整備中にカッターの破片が眼球に入ったことや昨年の晩秋に木片が眼球に激突したりと、かなり失明の危機にさらされたことがあったのである。生命の危険のみならず、とりもどすことの出来ない事故の予兆も多く経験しているので、出来る限り予防していかなければならない。また、可能なら、映画の「峠」も見てみたい。封切されて久しいので、現在上映中なのかもわからないのだけれど。
毎日が日曜日。そんな生活が送れる時が私にあるのだろうか。そう思うのである。おそらく五体満足ならば、あるいは多少不満足部分があっても、働いているのではあるまいか。働かざるを得ないだろう。来年から年金の満額は手に入るが、十万円を僅かに超えるレベルの金額でしかない。山小屋の維持に経費は最低限掛かる。しかし、長く働くという選択肢ならば労働の量を落とさないといけないと思うのだ。今までのように遮二無二質より量的な仕事量を構えるのではなく、たとえば登山道整備などは誰かに一定量流すことも視野に入れないといけないだろう。
土砂降りの後の晴天が望ましいのはわかるが、自分には高いレベルだ。せめて、曇天くらいな結実を願っているのだが…。 ]]>
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=371971
散文(批評随筆小説等)
2022-07-23T07:43:21+09:00
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だけれど
きっと彼は排泄もせず
星のしずくを飲み
まれに息をするくらいな筈だ
そんな感じで
ネット詩人は生活をするでもなく
人差し指から滲み出る灰色のインクで
透明な空間に文字を描く
Aの笑みは
蜘蛛の古巣に引っかかって
老人の息のような微風に揺れている
Aの存在を確かめたいけれど
だいいち
彼が実際居るのかさえも
わからないのである ]]>
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自由詩
2022-06-07T05:07:51+09:00
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次週に請け負った、二名の宿泊込み歴史の道八十里越道ガイドの仕事であったが、気分はまったく乗らなかった。わずか二名でしかなく、プロの山岳ガイドではないため、わずかながらの手間代を受け取るしかない。しかし、請けてしまった以上、コースの下見を行わなくてはならない。もう少し遅い時期ならば草藪に悩まされるくらいで済むが、この時期の残雪は硬く、滑落すると谷底まで落ちてしまう部分もあるし、小沢には雪が被りスノーブリッジ(天然の雪橋)となってるためリスクは大きい。その様子を見るためと山菜採りがてら向かうことにしたのである。
全長二十五キロメートル以上の登山道の連続であるが、通常の一般登山道に較べると整備は悪く深山の連続で、人気から隔絶されてる。携帯の電波も一部分しかないため、トラブルは一〇〇パーセント回避しなければならない。
山道は予想通り番屋峠付近から雪がまだ残り、その下の比較的緩やかな地形には数百年を超すブナの原生林が横たわっている。なにか、微妙な声を察知し、よく観察すると、猿の群れが居た。かまわずホイッスルを吹くと猿は一旦は逃げるが、私の正体がわかるとまたいつものペースで何かを探しているようだった。
ブナ沢は天然ダムであったが、土砂が堆積し、沼地は消滅してしまったようだ。その近くに二〇〇年物のブナが倒れ、川に横たわっていた。そこを渡ろうと思ったが、足元が大きく崩落しブナの大木の幹に降り立つことは不可能だった。しばらくそこら辺を物色し、何とか渡れる場所を見つけ渡渉した。
ブナ沢を越え、下を向きながら急登を無我夢中で登っていると、突然ドドドドドッと何かの音がしたと同時に私のすぐ左の藪を熊が疾走している。そのまま下に下ってくれよ、と祈るような気持ちでホイッスルを吹くと熊は動きを緩慢にし、再び登山道に出没した。わずか二〇メートル強くらいであっただろうか、熊と視線があった。来るのか?やられるか?しかし熊は、私を一瞥し踵を返した。大きな尻が印象的だった。熊の立ち去るのを息を殺してじっとしてながめ、姿が見えなくなってはじめて私はふたたび歩き出した。熊の荒い息であったのだろうか、あたりには獣臭が立ち込めていた。たぶん、熊は登山道を下り私を発見。あわてて一旦上ってから藪に突入したのであろう。
二〇〇六年に猟仲間が至近距離の熊の留めを失中、手負いの熊が猟友めがけて突進し、凄まじい勢いで谷に落ちていったシーンを唯一目撃している。幸い、猟仲間は熊と組み合って沢に落ちた瞬間に熊が素早く離れたために一か月ほどの入院で済んだが、熊の爪で抉られた上腕や、削がれた耳たぶなどを垣間見ると、そうとう運が良かったと思わざるを得ない。タフな熊は大木に登り、断崖から滑落してもゴムまりのように強靭でダメージがほとんどない。野生の中の王である熊に、人間などどう足搔いても勝てやしないのである。
狩猟時代、三〇メートルの距離で二頭射止めたことがあった。残念ながら一頭は渓谷の狭い部分に入り込み回収できなかったので実質一頭なのかもしれない。今回遭遇した熊はそれらよりさらに近距離である。
熊と遭遇した後、私はなるべく声を発しながら山道を歩いた。
吉ヶ平を出て四時間二〇分経過し、三条市と魚沼市の境界の鞍掛峠に着いた。そこから田代という湿原まで小一時間、その後林道を二時間歩いて家人に迎えに来てもらった。
熊に限らず野生動物にとって生とはタフなものである。あの屈強な体躯を維持するために彼は餌を求めてさまよい、人気のない登山道を歩くことを知っていた。道があるのに藪を歩く必要はない。あの地はまだ雪消えが始まったばかりでみずみずしい山菜の確保は難しかったのだろう。あちこちを彷徨いながら彼は山道を利用し移動中であった。その道を歩く人間は雪消え以降私が初めてであったのであろう。
生きるために食べる。体を作り生殖、出産を繰り返すそれぞれの野生動物たち。彼らにとっての生は敬虔なものであり、食べるという行為は野生動物たちの唯一の信念なのだろう。
私自身、自暴自棄になることが今まで多々あった。この世から消えたいと思うことも。なんでこんな不条理で不公平なのか、何で俺だけが、そういった類の境遇を恨み、神を恨んだ。そんな私の命を私自身が守りたいと必死に願った。熊との遭遇は、まさにそんな瞬間であった。
自然の中のほんの一コマなのかもしれない。たぶんそうなのだろう。明日になれば忘れてしまう事柄でしかない。熊も私もいっとき互いを意識し、怯えただけに過ぎない。あれから熊は餌にありついただろうか。
私(達)の求める餌はとても複雑だ。もっと単純になればいいのにと、思うのである。 ]]>
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散文(批評随筆小説等)
2022-06-05T16:14:58+09:00
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六月は音も無くひっそりとしている
机は時々降る雨音に聞き耳を立てて
暗い机の隅に棲む名もない蜘蛛と
会話を楽しんでいる
すでに廃校となった校舎の屋上で
昔、誰かが鳥になろうとしたらしい
議事堂の六月は意味もなく繰り広げられ
保身と紫陽花が交互に錯綜している
私たちは羽をもがれたまま
飛び立たなければならないのだろうか ]]>
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自由詩
2022-06-03T07:23:25+09:00