何故あなたは詩を書くのか?[64]
2006 01/23 18:57
大村 浩一

★はじめに

 ちょっと話の流れからは遅れますが。

 モリマサ公さんが最初に、哲学を語った後で自分の事を語られたのが、私に
はここでの象徴的な出来事に感じられました。
 動機と哲学との乖離は、イメージが言葉を借りて表出され、詩が作者を蹴っ
て世界に転生する時、すでに始まっている。哲学の先行が、詩に対する不誠実
さのごとく作者に直感された事に、私には詩の侮れなさ怖さの一面を見る思い
がしました。
 また同時に、そうした詩や世界への誠実さに殉じうる人の、すぐれた感受性
にも目を見張ります。…そういう人にしか、到達できない場所がある。
 自分の論理や哲学に囚われて、表現のうちがわへ落ちてしまう詩の何と多い
ことか。只の変換テーブルでは詩は作れないという事が分からずにいる人たち。
彼らは真実に迫る事なく言葉で言い訳めいた意識の壁をこしらえているだけで、
自分たちが詩の歴史を汚しているという認識すら無いに違いない、と私は肩を
すくめます。

★私のきっかけ

 踏み絵を済ませておきましょう。
 私じしん、決して美しい理由で詩を書き始めたのではなかった。実は大学に
入って東京に出てきた頃、イジメに遭ったのね。強くないと護れないものがあ
るって事が、当時の自分には分かっていなくて。
 それで何とか自分を建て直したいと思って、19になった正月から、ジョギン
グなんかと同時に「週2編、詩を書く」という目標を突然立てて詩を書き始め
た。日記では無かったけれど全くの我流。学校で教わった西脇順三郎と、D−
day の暗号で知ったベルレーヌを掘口大学の訳で読んで。ベルレ−ヌ詩集から
恋仲だったランボーの事を知って、それも読んだ。でも勉強はそれっきりで半
年ぐらいは全く我流。結構恥ずかしい自己憐憫の詩も多かった。
 で半年経って、こういう事をするからには専門雑誌も1冊ぐらいは読もうと、
厚木の有隣堂で現代詩手帖を買った。そこに平出隆さんが『胡桃の戦意のため
に』を連載していて、強い感銘を受け現代詩へ転向して…という顛末は、以前
からあちこちに書いてきました。

★いま書いている理由

 いまは、やっぱり「面白いから書いている」のだと思う。
 と言うか書き始めた当初から、自分や他人の文章表現の特異さに魅入ってし
まうようなところが私にはあった。ナルシシズムとかお宅とか言われればそう
かもしれないですけど。
 それとともに、作文を通して世界の手応えを感じる事が出来るようになった
からだと思います。自分に、他者や世界と張りあっていく自信を与えてくれた
ものは詩だったし、社会的な使命感も充足出来て、それが最終的には私自身の
運命をも変えてきた。
 ここまで生き延びられたのは詩を書いてきたからで、書いていなければ自滅
の顎から私は逃れられなかっただろうし、妻や仲間たちと出会う事も無かった。

★私たちはほんとうにこの質問に応えているのか

 私も不誠実のそしりを受けたくは無いし、詩を始めた動機や環境は決してキ
レイゴトでは無かったので、敢えて踏み絵に参加させて頂いた次第です。
 ただ、こうした類いの「私は貴方と違って不幸だから」的な体験の特異さを
詩をする理由として際立たせてしまうと却って読者をスポイルしてしまう、と
いう吉田文憲さんの意見を、一色真理さんから教わった事がありました。
 カワグチタケシさんはある合評の席で「誰でも、言葉を通じて他者と感情や
体験を共有する事が出来る」と断言していました。余りにも明快な答えに私は
驚きましたが、ことばにするという事は本来そういう事で。共有する困難さを
認めるにしても「あなたには分からない」で逃げる事は、言葉しかない詩人に
とって許されない事ではないのか、と思うのです。

 詩のボクシングで、癌患者だという中年男性の出場者が、ある少女詩人に敗
れる場面を見た事があります。敗れた相手が彼女で幸いだったと私は思いまし
たが、実はそうした残酷さを前提に、表現の世界というのは成り立っている。
 作者の動機や目的などは、読者・詩の受け手にとってはあとの話。まず自分
が関心を持てて楽しめる、或いは無視できない詩に出会えることが先であって、
むしろ『なぜ詩を読むのか』のほうが大事だと私には思えるのです。

『なぜあなたは詩を書くのか?』この設問に、なぜみんな「反射的に」自分の
理由ばかり書こうとするのだろう。私はこのスレッドに業界人的な自分の意見
を書くのは、実は「間違い」じゃないのかなと思う。
 例えば古今東西の様々な詩人や評論家が語る『なぜ詩を書くのか』だとか、
あるいは詩に馴染みの無い人があなたに問う『なぜ詩を書くのか』と、それを
解き開かそうとする詩人の答えのほうをむしろ読みたい。そう私は願う者です。

2006/01/19〜23 大村浩一
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