2026 02/26 07:08
室町 礼
制度的想像力.....うまいこといいますね。
日本現代詩人会の投稿入選作などはこの「制度的想像力」が想像できないと
入選できないのだなと思わせるものが多い。
たとえば入選作には、環境破壊への批判みたいなものがあるのだけど、
たとえば、
モロッコひろみ「プラスチックの棺」
ぼくたちは保存することに憑かれている
ポリエチレンの半透明な棺には
昨日愛したはずの有機物が
色を失って横たわる
(中略)
おそらくぼくも
誰かの巨大な冷蔵庫の中で
ラップに包まれたまま
出番を待つ肉塊なのだろう
扉を閉める
磁石が吸い付き
世界がカチリと
密閉される音がした
https://www.japan-poets-association.com/
全部NHK朝ドラのような善良な良識の線にそって語られる。
一定のそこから外れてはいけないテンプレートのようなものが
あることがわかる。
しかしわたしにはこれがウソに見える。「プーチンに起因する不条理」
みたいな中味が空疎な「制度的想像力」に。
こういう環境破壊否定ではなく、もし環境破壊を受け入れるような「文
学的制度倫理」を破壊する詩があらわれたら、即座に否定されるだろう。
吉本隆明はそういう人間であった。どんどん環境破壊すればいいと。
そして究極的には森も海も全部、人工的でいいんだと。
それを肯定するわけじゃないけど、まずはいまの詩壇、文壇に凝り固まった
石牟礼道子あたりの婆さん環境文学への追従からくる
婆さん詩、婆さん文学は全部、蹴飛ばすようなことが必要だと思う。
とくにH氏賞や日本現代詩人賞なんかの選考やってる
生理の干上がったような、ババァ臭い萎えたような女詩人たちは
みなうんざりする。なんとか履いて棄てられないものだろうか?