2016 08/28 02:05
ハァモニィベル
>>30
自分を賢く見せようとする人は、ひとに無理解を投げつけ、愚かさを強要する。
まったくその通りのようですね(笑)。
「無理解」ということに、どうしても愚劣さがつきまとっている
そんな印象を覚えます。
例えば、単純に【賢/愚】という二項対立で狩りをしている者というのは、
人格を否定する奴は「ばか」だ、と言う自分自身が、
「ばか」だと人格を否定する「ばか」な奴だ、と自らを狩っていることに気づかないようです。
少なくとも、人がどれほど賢く見えようとも、また愚かに見えようとも、
人間の賢さや愚かさなど大差ない、という認識を失わないくらいの賢さは必要である。
〔…〕賢さとか愚かさという次元をはるかに超えた叡智に、
誰もが達することは可能だ、と楽観できるくらいの愚かさも、また必要である。
という靭やかなエクリチュールが、読み手の中で何ら美しいテクストも創造されず
「無理解」というゴミ箱に消えるようでは、じつに、哀しいかぎりです。
*
物憂さに共感しつつ、
