2016 09/11 00:25
ハァモニィベル
*
ビールな時が過ぎていく。
携帯が鳴り、彼は死んだ。
孤独が好きだ。
飲んでいたシャンディ・ガフのグラスを置き、
ひとこと、か、ふたこと、のつもりで、
言葉を交わす
「もしもし、ごめんなさい。あなたの好きな銘柄じゃなかったでしょ?ビール」
「折角持って来てくれたからね、今飲んでるよ」
「・・・あ、またスプリッツァーにしたの?白ワインで割って…」
「いいや、ジンジャーエールでさ。もっとも手軽なカクテル。気分はイギリスだよ」
「え、ビールはドイツでしょ?」
「・・・・・・。」
のび太くんに、ドラえもんがポケットからものを取り出して見せる時の気持ちとか、
タイミングは、こんな感覚なのだろうか、そう思いながら
「きみは、『フランダースの犬』は知ってるんだろ?」
「ええ」
「なのに、ベルギーのビールは知らない?」
「ベルギー?」
ベルギーは知る人ぞ知る豊富な味のビール大国だよ。多彩なベルギービールには、銘柄専用のグラスがあってね、ラベルにも専用のグラスが指定されてたりする。注ぎ方によっても味は変わるわけだけど、特にグラスによって差が歴然となり同じビールが別物に感じられる程だと言われているよ。味を最大に惹き出すには、即した形状のグラスが不可欠なんだね。……活かし合う相性ってやつなのかな。
そんな説明をひとくだりしてから
電話を切ると、
彼は、一口飲んだ。
そのとき
「広漠としたホールの中で、私はひとり麦酒(ビール)を飲んでた」朔太郎が
虚無よ!雲よ!人生よ
と締めくくった「虚無の歌」を思い出した。
渓流をみながら中也が
冷やされたビールは、青春のやうに悲しかつた。〔…〕濡れて、とれさうになつてゐるレッテルも、青春のやうに悲しかった(「渓流」)
とうたったのも思い出した。
漱石の『吾輩は猫』が、飲み残しのビールを舐めたせいで水がめに落ちて死んだことまで想い出す。
そして、
幻のベルギービールとグラスを手にした彼は
書棚から一冊だけ取り出すシムノンを、どれにしようか、と
迷いながら見つめた。
(題名/「限りなく下戸に近いブルース」
または、「青い鳥をさがして」)
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