【期間限定~9月15日】23歳以上の人の『夏休み読書感想文』(原稿用紙3枚)[17]
2014 09/10 18:35
Giton

アンデルセン『豚飼い王子』『ナイチンゲール』『雪の女王』(H.C.Andersen,大畑末吉・訳『完訳・アンデルセン童話集(二)』,岩波文庫,1984.)

 アンデルセンの童話(Eventyr og Historier)は、中央ヨーロッパでは、単なる子供の読み物ではないのでして、近代文学史に重要な地位を占めています。例えば、ポーランド近代文学は、アンデルセンの翻訳から始まったとされるなど。ちょうど日本近代文学にツルゲーネフやチェーホフが果たしたのと同様の役割を、アンデルセン童話が果たしているのです。
そうした文脈──“大人の童話”の文脈──で言うと、アンデルセンの魅力は何といっても、後進ヨーロッパの近代化の影で虐げられた人々の姿、その苦悩と希望を描いていることでしょう。
 アンデルセン童話の主人公は、人物ごとにさまざまな希望や情念を抱き、それに一途に導かれて生きて行き、最後は、不幸なまま、貧困のただなかで死んで行きます。そうした、無駄死にのような主人公の終焉を、あたかも壮大なドラマとして描くところに、“大人の童話語り”としてのアンデルセンの本領があると言えます。
 たとえば、『マッチ売りの少女』を思い浮かべれば分かりやすいでしょう。
 『砂丘』という童話では、非情と無理解に虐げられて一生を過ごした主人公が、最後に大きな教会堂に閉じ込められて死に、教会堂はそのまま砂に埋もれて、主人公の荘厳な墓所となるのです。
 あるいは、消しえない一途な愛──自らを不幸にするほかには何もない愛に生き、恋に身を焦がしながら死んで行く主人公もいます。『雪だるま』では、戸外に作られた雪だるまは、暖かい家の中にあるストーブへの恋情を募らせています。“恋人”に会いに家の中に入れば、雪だるまは溶けて死んでしまうのにです。しかし、春が来た時、雪だるまが消えた痕には、心棒にされていたストーブの火かき棒が、ぽつんと残されていたのでした。
主人公たちが逢着する困難は、このようにしばしば運命的なもの──本人の意志や努力によっては回避することのできない構造的なものです。
 困難が外部から来る場合には、世間の人々の圧倒的な無理解と蔑み、打算と非情な振る舞いが描かれます。しかし、それらも、一歩下がって眺めれば、歴史的構造的な背景を持つことが見て取れるのです。
 ところで、ここで取り上げる3作は、いわばそうした主人公たちが、逆に運命に対して復讐を遂げるような内容でして、アンデルセン童話の中では特異な位置にあるのだと思います。

1 『豚飼い王子』
 小国の王子が、身分違いの皇帝の娘に求婚しますが、皇女は、王子の贈物のバラの花も、ナイチンゲール(鶯)も、「まあ、いやだわ、パパ!これ、ほんとの花よ!」「ほんものの鳥よ!」と言って拒みます。そこで王子は、豚飼いに変装して城に入り込み、玩具の壺やガラガラで皇女の気を惹いて“豚飼い”と110回キスさせた上、不行跡が発覚して皇帝に追放された娘を見捨て、自分の国に帰ってしまいます。

2 『ナイチンゲール』
 機械仕掛けの鳥の玩具に夢中になった皇帝は、本物のナイチンゲールには飽きて追放してしまいますが、自分が臨終を迎えて臣下から見離された時、かつて追放したナイチンゲールが窓辺にやってきて、その歌声で死神を追い出し、皇帝の命を救います。皇帝は反省して、「いつまでも、わしのそばにいておくれ!」と頼みますが、ナイチンゲールはそれを断った上、「私の好きな時にこの窓のそばの枝にとまって〔…〕幸せな人たちのことや、苦しみ悩んでいる人たちのことを歌いましょう。」ただし、そうやって、国中の貧しい人々のことをお耳に入れる鳥がいるということを、陛下は誰にも言わないように、と約束させるのでした。

3 『雪の女王』
 「すべての大きなもの、いいものが、小さく、みにくく映り、悪いものや、いやなものが、はっきりと見え、どんなものでも、あらばかりがすぐ目に付くようになる」悪魔の鏡のかけらが、心臓と眼に入った男の子カイは、雪の女王に攫われ、氷のような冷たい心になって、北極圏の氷雪の宮殿に閉じ込められてしまいます。カイの幼なじみの女の子ゲルダは、あてもなくカイを探しますが、山賊の娘やラップ人、フィン人(非ヨーロッパ系の野蛮人)の女に助けられて雪の女王の宮殿を突き止めます。ゲルダの「やさしい、罪のない心」だけが雪の女王に打ち勝つ力なのであって、それ以外に武器はないのだ、とフィン人の女は言います。
 “悪魔の鏡”とは、近代科学の「理知の鏡」にほかならないのでした。
 さいごに、カイと出会ったゲルダの涙が、悪魔の鏡のかけらをカイの身体から追い出し、二人は故郷の町に帰ります。家に帰ると、二人は、いつのまにか大人になっており、「子供のままの心を持った二人のおとなが、そこに腰かけていました。」
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