【期間限定~9月15日】23歳以上の人の『夏休み読書感想文』(原稿用紙3枚)[15]
2014 09/08 18:20
深水遊脚

森絵都『カラフル』と性的なこと

※これも先に小説を読むことをおすすめします。ネタバレを避けるのが下手ですみません。


 ツナグに続いて、読書感想文の王道作品を選んでしまいました。ただ母親の不倫現場を目撃したり、同級生からの売春の誘いを受けたり、「ぼく」が強姦未遂をしたり、完成度の高い青春小説としてバランスを保っているものの、この小説に盛り込まれた出来事や個人の性遍歴はけっこうエグいです。

 強姦未遂は、死んだ小林真の肉体を借りる魂である「ぼく」が、怪我の見舞で部屋にきた佐野唱子を犯そうとしたものです。唱子は現実とあまり接点のない真についての理想を膨らませていました。周囲が押し付ける間違った小林真像にうんざりしていた「ぼく」はそれを鼻で笑い、背を高くみせようとしたり、エロ本をネタにオナニーしたりしていた滑稽な中学生男子としての小林真像を突きつけます。強姦未遂はそのあと起こります。

 母親の不倫は小林真の自殺のいくつかの原因のひとつでした。自殺した真の魂に入っだ「ぼく」はそれを知り、母親を精神的に追い込みます。母親は真が不倫のことを知っているとは途中まで思いもよらなかったようです。真の口からそれを知り、先に書いた強姦未遂のやりとりを陰で聞いたあと、真あてに長い手紙を書きます。平凡な自分が嫌で、次々に習い事を始めては挫折して益々自己嫌悪に陥り、そんな自分が真に希望を託していた、そんな内容がその長い手紙には書かれていました。肝心の不倫については、女としての私はそれをあなたに話すわけには行かない、という理由で手紙には書かず、読者にも明かされません。

 物語をぶち壊す想像を2つしてみました。1つめはもし強姦が未遂ではなく真に宿った「ぼく」が真の体で佐野唱子とセックスしていたら。2つめはもし母親がフラメンコ講師との不倫の顛末を過不足なく手紙に書いていたら。

 1つめは、唱子が結局いちばん真のことを理解していたのですから、よいカップルになっていった可能性はあります。でも無理矢理はダメです。真の理解者としての唱子はたぶん無理矢理犯された時点で消えてしまいます。「ぼく」は真から益々離れて行きどんどん傲慢になってゆくでしょう。怯えた女と傲慢な男という平凡で不幸な関係しか残らないでしょう。

 2つめは、これは真っ直ぐに話したほうが親子関係はもっとよくなったのではないかと思います。結局この部分をぼかした母親の手紙は不信感を残しました。その不信感が幾分回復したのは別のところでの母親の貢献によってでした。「ぼく」の魂は、言い訳のきかない不倫の事実はもう知っていました。どんな話がされようとさして驚かなかったことでしょう。最終的に家族を選んだ、ひとりの女性の軌跡を全部受け止めるにはいい機会だった気がします。そのほうが、その先において人を受け入れる幅が増すことと思います。

 それぞれが他者を膜のなかに取り込んだ状態から、少しずつ膜を壊す出来事が起こり、知っているつもりの他者をちゃんと知るようになる。方向としてはそんな話です。膜を壊す衝撃は強すぎても弱すぎても駄目です。それはわかるものの、この話のこの設定だからこの衝撃であるのに、綺麗過ぎると規範性を帯びてしまいます。こうでなければいけない、ここから外れたら救いはない。そういって投げ出されてしまいます。だからこういう小説は想像のなかで汚す読み方も悪くはないと私は思います。

 ところでもう1つ、物語をぶち壊すパターンが考えられます。真、いや「ぼく」が桑原ひろかを買っていたら?これは破産して終わりでしょう。この手の破滅にはさすがに同情はしません。でもとてもありふれたことではあります。
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