バトル・リング[101]
2005 01/16 01:42
佐々宝砂

>>99
ためいきさんの意見には一理も二理もあると思っております。ま。内も外もどーでもいいっちゃいいのでして。撤退不能な現実には、みんなそれなりに暮らしているはずでして、しかしそれもどうでもいいっちゃどうでもいいのです。ためいきさん、あんまり本当のことは言わないでくださいw プロレスのリングに向かって、「それは本気のバトルでないのだ!」と叫ぶのは野暮なことです。その程度のことは、おわかりですね、ためいきさん。かといって、すべてが嘘というわけでないこともおわかりですねためいきさん。あなたは利口かもしれないし、実際鋭いかもしれないけど、とにかく野暮なんです。そんなわけで、私はためいきさんとケンカしたいとは思いません。面白くなさそうなので。

ダーザインさんは私を罵倒しにきません。待っているのですが、来ないでしょう。文学極道で忙しいのだと思います。すこーしやってみればわかりますが、けなしまくるにしても誉め殺すにしても批評を続けるのはたいへんなこと、根性がいります。おつかれさん、とでも言っておきます。私は別にダーザインさんを敵視してはおりません。私としては、ケンカする理由がありません。

私はケンカしたい相手とケンカできません。ごく最近私が少々いやがらせをしたので(本当に少々ですし、人によっては何とも思わないようなたぐいのことです)、「おれにかまわないでください」と言われました。まあ、それ以前に、いろいろ経緯があったのは確かです。私にも悪い点があるのは確かです、確かですが、私が一方的に悪かったのだとは思いません。彼は、現代詩フォーラムにおける「批評に対する批評」というものの可能性をもみ消した根元のような人だと思います。彼は「イヤなら来るな」と文学極道に書いています。私はごく素直に、彼がいるので、文学極道に行くのがイヤです。もちろん彼は私のケンカを買わないでいる権利があります、そして私は、文学極道に登録せずにいる権利があるのです。

私は、自分の作品に酷評をいただいても怒りません(責任を背負いきれない弱者に対する酷評には怒る場合があります、つーか怒ります)。自分の批評に意義を申し立てられてもとりあえずは怒りません。相手の意見に納得できないようなら議論する場合もあります、ケンカになる場合もあります、でも私は相手の言論を封殺したりはしません。私に対して言いたいことは言ってくださってけっこう。
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