古書肆 新月堂[11]
2004 12/26 01:55
佐々宝砂

女王プリンセス」より  アルフレッド・テニスン

涙は、故知らぬ空しき涙は
神々しき絶望の底より、
胸に湧き、日の中に集る、
幸福なる秋の野を見るとき
またあらぬ日を思ふとき。

海のあなたより友をつれ帰る、
その帆の上に輝く第一の光の如くあたらしく、
我等の愛する総ての者と共に難破する、
その帆の上を赤らむ最終の光の如く悲しく、
またあらぬ日は鮮し、悲し。

ああ、おぼろなる夏の夜明方、
半ばめざめたる鳥のいとはやき囀りの、
死に行く耳に聞え、死にゆくまなこに、
窓の戸のやうやく白むが如く
またあらぬ日は奇異なり、悲し。

死ののちに思はるるキスの如くなつかしく、
我ならぬ人にのみ許さるる唇に、
果敢はかなき願の描くそれの如くなつかしく、
恋の如く、暴烈の悲みを伴ふ初恋の如く深く、
ああまたあらぬ日は、生の中の死なるかな。

#The Princess<Tears,idle tears...>
#アルフレッド・テニスン作 生田長江訳


***

「秋」  フリードリヒ・ニーチェ

今は秋。その秋の尚ほ汝の胸を破るかな!
飛び去れよかし! 飛び去れよかし!
太陽は山に向ひてひ、
攀ぢ且つよぢて
一歩ひとあし毎に休息す。

如何にして世界はかくも萎びはてしぞ!
疲れ弛みし絃の上に
風はその歌を奏でいづ。
望みは逃げ行きて――
彼はそれを惜しみなくなげくなり。

今は秋。その秋の尚ほ汝の胸を破るかな!
飛び去れよかし! 飛び去れよかし!
嗚呼、木の果実、
汝は打ち震へ、落つるにや?
かの夜の、
いかなる秘密をか汝に教へしぞ、
氷の如き戦慄が汝の頬を、
深紅の頬を覆ひ去りしは?

汝はもだしたり、答へざるにや?
何人か尚ほ物言ふものぞ?

今は秋。その秋の尚ほ汝の胸を破るかな!
飛び去れよかし! 飛び去れよかし!
『我は美しからず、
――斯くえぞ・・ぎく・・の語るをきく――
されど人間は我を愛し
人間は我を慰むるなり――
彼等は今も尚ほ花を見るべく、
我が方へ身をかがめ、
嗚呼! さて我を手折るべし――
その時彼等の目の内に
思ひ出は輝き現れむ、

そを我は見る、我は見る――かくて死に行く我ぞ。』

今は秋。その秋の尚ほ汝の胸を破るかな!
飛び去れよかし! 飛び去れよかし!

#Der Herbst
#フリードリヒ・ニーチェ作 生田長江訳


***

「新しき海へ」 フリードリヒ・ニーチェ

あちらへと私はねがふ。
そして私自らを私の考を信用する。
大海おほうみの青々とひろがれるところへ
私は私のゼノアの船を出して行く。

すべての物が新しくより新しく照り輝き、
真昼が空間と時間との上に眠つてゐる。
ただ巨怪なる汝の目だけが、
無限よ、汝の目だけが私を見てゐる!

#Nach neuen Meeren
#フリードリヒ・ニーチェ作 生田長江訳

#『名訳詩集』白鳳社 西脇順三郎・浅野晃・神保光太郎編
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