震災の日、何をしてましたか? 何をしましたか?[3]
2011 03/26 20:14
小川 葉

いた場所。
仙台駅東口付近の職場、オフィスビルの六階。
はじめごんごんと縦揺れがして、おわりかな?と思った瞬間、大きな横揺れ。
宮城県沖地震を体験した人から、立っていられないほどの揺れと聞いていたけれど、
まさにこういうのがきたんだね、と思いながら、
揺れがおさまるのを待っていたが、おさまりそうにないので、
誰かが声にならない声をあげ、逃げるよう促す。
けど、揺れがおさまるまで机の下でじっとしてる、という、
セオリーどおりのことをしていたけれど、あまりの揺れに怖くなり、
激しい横揺れの中、部屋を出て、非常階段を降りた。
すでに階段にはたくさんの人がいて、手すりにつかまりながら降りていく。
時々足がすくんで、お先にどうぞしながら、
降りて行ったけど、二階あたりまできたところで、
やっと揺れはおさまってきた。

それから走って、ビルの裏にある市バスの大きな駐車場に避難。
頻繁に余震が来る中、若い人たちが事務所に戻って、
社員の上着や鞄などを取りに行ってくれた。
その間にも余震、これには頭が下がったし助かった。

仙台駅の方から煙、Biviだとかエスパルだとか聞いたけど、
街にサイレンが鳴り響き、騒然としてきた。
誰かが携帯のワンセグを見てる、覗きこむと、
船が流されている、その近くにバスも見えた気がして、
ここ街中?と言うと、いや、港でしょうと、ワンセグの持ち主が苦笑する。

市バス職員から、バスの中で待機するよう、促される。
寒かったので助かった。
それにしても、妻に携帯メール(ショートメール)送信できない。
Gmailで送信したら、送信された。
しばらくするとTwitterで、同じく仙台に住む妹からDM届く。
そうかTwitterなら通信可能であることを知る。
妻にもTwitterやらせとけばよかったと後悔してると、
妻から返信、無事、あゆ(息子)も無事、と、
そのことを妹にもTwitterで返信。

それから各自、自宅待機するよう、会社からアナウンス。
帰ろうとしたら、どこからか、津波が来るので、
できるだけ高台に、という声も聞こえてきた。
仙台市街地は海から10キロ以上離れてるから、まさか、
と思ったけど、自宅近くに高松という丘の地区があるので、
とにかく家に帰ることにする。

宮町通りにはたくさんの人、
大雪が降っている、前の週にあった大きな地震後も、
雪が降っていた。そういえば、原爆が落とされた後も、
雨が降ったということを、なんとなく思い出していた。
裏口に抜け、自転車を走らせた。

家に着くと、妻と息子が家の前にいた。
隣の大家さんのおばあちゃんの無事を確認していた。
停電してたので、まずラジオと、以前登山してた時使っていた、
ガスバーナーを探したけど、家にはいるたびに強い余震あり、
出たり入ったりしてるうちに、暗くなった。

誕生日ケーキのろうそくに火をつけるも、三十分ともたない。
けれど、なんども着けて、その間にも不気味な余震。
眠れないので、酒を飲んだ。
携帯(iPhone)のバッテリーも消えて、
妻と息子が眠った。
僕は飲み続けた。朝まで眠れないと思ったけど、
朝方になると寒く、二人が眠る布団の中に入った。

水道はしばらく出ていたけど、やがて止まった。
食べものは、弁当用に作っていた炒飯や、肉野菜炒めが残ってたので、
それを食べた、けど、明日からどうなるのだろうと心配した。
それでもいつのまにか眠っていた。

翌日、ラジオと石油ストーブを見つけて、
情報と、暖と、調理はなんとかなった。灯油があったのだ。
暗くなるまでするべきことをして、
懐中電灯も電池も少し見つけて、
暗い中、焼きそばバゴーンを食べた。
限られた一杯の水を、石油ストーブで沸かして、
息子の分に入れたお湯を、妻のバゴーンに入れ、
最後に僕のバゴーンに入れて食べた。
あれが僕らが家族になってから、
最高においしい夕食となった。
余震が来て、外に出ると、
空を見上げた妻が、あれはなに!?と、
指差して叫んだ。

オリオン座が見えた。
北斗七星も、カシオペア座も、
北極星も見えた。
ふだん見えなかったものが、みるみる見えた。

その翌日の夜だっただろうか、
緊急地震速報の音がラジオから聞こえた。
息子が僕にしがみついた、揺れはこなかった、かわりに、
窓の外が明るくなって、それから家が、
ぱん、ぱん、ぱーん、と、明るく灯った。
死んだのかもしれないと思った、それは、
蛍光灯の光だったのである。

それからラジオでしか聞いていなかった、
海岸の街の現実を、映像で食い入るように見た。

ネットも通じた。
心配してくれる人からの連絡も届いた。
けれども、僕は、テレビの向こうにある、
はじめち見た映像に、
知らなかった現実に、ただひれ伏すことしか、
できなかった。

今もまだ、信じられないでいる、そのすべてを。
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