詩と散文を作る手段全般についての情報と意見交換 part1[937]
2011 05/08 16:48
……とある蛙

合評会レジュメのMEMO部分を付け加えたものを置いておきます。参考になれば。※昨日落ち着かない感じで発表していたので(笑)。

宮沢賢治について

ウイキペディア宮沢賢治の下記URL参照です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB

1 もちろん「春と修羅」は第一詩集であり、生前出版された唯一の詩集です。「春と修羅」第二集は生前謄写版で刊行予定でした。このことは岩波茂雄との書簡でほぼ間違いがないようです。ただ岩波茂雄から送られ謄写版一式を労農党のどこぞの支部にあげてしまったようです。理由は知りませんが。
 ダダイストの辻潤が絶賛し、中原中也をして、無人島に持参する物の一つとして、この詩集を挙げさせました。
2 草野心平もその才能を高く評価し、文通を通じて親交を深め、詩誌「銅鑼」(草野心平編集)に詩を発表している。
3 意外と知られていないのですが、亡くなった年の1933年3月3日に三陸沖地震があり、津波による海岸の状況の悲惨さを知人 の手紙に送っているようです(3000人くらいの死者行方不明者が出たそうです)。亡くなったとき草野心平は宮沢賢治を評し て真の天才としています。
4 春と修羅の序は賢治本人の「春と修羅」という詩集に対する視点の宣言であり、「心象スケッチ」ということの彼なりの考 え方を述べた物です。それだけではなく賢治の著作物全般を貫く「心象や時間それ自身第四次延長のなかで主張される」という視点です。 つまり時間軸を考えてその時々の定稿があるだけで延々続く作品の成長変化、言い方を変えれば推敲の嵐なのですが。最終的な決定稿はありません。
 それに対して、刊行予定のまま生前には刊行されなかった第二集の序は具体的な内容(現在の生活状態、交友状態のなkでの感謝を述べる)が書いてあり、詩はもとより心象スケッチですらない、行変え作文になっております→本当の意味での序文のようです。
5 意識の流れ「人間の精神の中に絶え間なく移ろっていく主観的な思考や感覚を、特に注釈を付けることなく記述していく文 学上の手法」と心象スケッチとの関連
6 心象とはリアルタイムで流れる原体験の解釈であり、解釈咀嚼された物の文章化あるいは画像かがスケッチということになりはしないか。
 心象→視覚的実在感が強い。
 視覚的実在感を持ちながら/次第に変容して行くもの。
7 自作の詩は一応春と修羅第一集の序にインスパイアされているが全く逆の技法考え方で書いている。つまりあまり関係なのかも知れない。むしろシュルルトレネの幽霊の方にインスパイアされたと言うべきか。
8 賢治に対する批判は大きく分けると?思想面?完成された作品が少ないー作品の完成度が低いという二つの面で議論されています。いずれの議論もなんとも 説得力なし。
9 ?思想に関しては批判している本人があいまいな前提で書いている論述と思われます。断定的に書いて自分の考えで批判しているだけで、なんとも(笑)。
いわく、犠牲的精神というものが特攻隊精神に結び付いた???。人間性を無視している???。なんでって思います。私など注文の多い料理店などと比べ、グスコーブドリの伝説なぞが好きなので、余計首をかしげざるを得ません。
 彼は自分の大事なものと大事なものを比較せざるをえない場合の自分の行動原理をお話で示しただけで、それ以上のものでは無いとも思えます。
 宗教的信念もあります。国柱会 田中智学との関係を揶揄する人もいますが、結局国柱会は賢治の信仰を深めることはなかったと言われています。東京上京後帰郷したのは、まさに国柱会の現実の活動への幻滅からだと考えられます。ビラ配りみたいなことを矢って射たようです。
10 彼は地方の金貸しの息子ですよ(豪農になったのは金貸しの結果であって金融資本家というべきです)。それを前提にして社会の状況を見ればどれだけ精神状態がバラバラになるかは容易に理解できると思います。そもそも思想家として矛盾無く生きられる人間では無いと思います。その当時の状況を考えると批判するのは勝手ですが、馬鹿馬鹿しいくらい非生産的なくだらない批判になっていると思います。
11 ?作品の完成度が低いという批判について。確かにそうでしょうね。銀河鉄道は第4稿まで、春と修羅ですら出版したものに朱入れをたくさんしていたようです。彼は完成したものを目指していたのではなく常に変転していく創作物をつくっていたように思えてならないのです。そのくせ現場性を重んじている部分もあって(小岩井農場など)、不思議な作家です。この評価も好き好きです。もし編集者みたいな人がついて過去の常識を基礎にして、作品を完成させようとしたら随分詰まらないものになったと思います。
 脚本家の橋本忍ではないですけれども、真に創造的な物を作ろうと思ったなら、まず自分が評論家になってはならない。それは過去の基準ものさしで創作物の善し悪しを判断するからだとしています。もちろん独りよがりは問題外ですが。
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