詩と散文を作る手段全般についての情報と意見交換 part1[625]
2010 12/10 12:57
……とある蛙

突然 詩歌の押韻に関して思っていることを少し(笑)。

 私は以前は分かりやすく音数律で詩の愛誦性が高まると単純に考えていたときもありましたが、現在はそれだけではないと考えています。
 飯島耕一の「定型論争」という往復書簡集でもふれられていましたが、音数律以外にも日本の詩における押韻の可能性は探るべきではないでしょうか。
 ご存じのとおりに七五調も五七調も休符を含んだ四拍子だと分析されています。
 音楽的には四拍子以外にもいろいろな拍子があります。日本の詩歌の場合、弱拍、強拍の問題も除外しています。
 しかし、ヒップホップを日本語で行っている歌手も非常に多い(必ずしもうまくいっているとは思いませんが)現状からは弱拍 強拍それも加味できるような気もします(独自の見解ですが)。日本語の場合、アクセントにはある程度の押韻が必要です。そのまま行っても三三七拍子の眼鏡屋のえせヒッピホップのようになってしまいます。
 すでに口語自由詩は自由律ということで獲得してきた多岐にわたる芸術性が行き詰まっている現状から、詩の韻律の再確認が必要だと思います。
 しかし、安易に方向付けは出来ないのが現状だとは思います。きちんとした検証と実践(実作)が必要だと思いますが いかかでしょうか?それを試行錯誤することも必要だとは思います。どうでしょうか。
 
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