論戦スレ。[784]
2011 03/14 10:39
深水遊脚

>>783 奥主さん
ご返答ありがとうございます。
突然削除された理由が私にもわかりませんでした。「売名行為」は奥主さんの
ご発言の一番最初の、一番感情的な部分ででた言葉だと記憶しています。

>こちらからはコメントの削除なり謝罪なりという方向も追記した上での指摘

その追記やコメント欄に参加された方同士のやりとりで、収束に向かっているかな
という印象をもっていましたからその後の筆者の反応には戸惑いました。

親しい友人から聞いたことだったり、学校で習ったことだったり、経緯はいろいろ
あるでしょうがたまたま何らかの知識を筆者が持っていて、そこに今回の原発事故
が起きて、いてもたってもいられなくなり散文にて投稿したというのが本当の
ところだと思います。売名というには酷だと私は考えますが、下記のことも
その通りです。

>抗議するまでもなく、誰に対して、どのような意図で書かれた文章であったのかを明確にすれば、それでことたりたと思っています。

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元発言の削除と書き手の責任について、奥主さんと過去にお話した
記憶があり、奥主さんの散文をずっとみていました。「悲しいことに」
という散文に私がコメントをしたのが見つかりました。

私はどうも削除する側の人間に最後の最後で甘くなってしまいます。
当時はこんな風に書いていましたね。

>発言を残し、以後の議論に関わって行くのは相当な
>エネルギーが必要で、それに耐えられず発言を削除する
>ことも有り得るし、単純に責めるわけに行かないと
>考えるようになりました。
>コメントした作品が削除され、そこで何を発言したか
>証拠がないまま誰かに誤解される嫌な経験を私も最近しました。
>それも起こり得ることのひとつとして発言前にこちらが
>覚悟しておこうと考えています。なに、たいしたことではありません。

本心では「たいしたこと」です。心を動かされた作品がある。それについて
向き合って言葉を残したくなった。このことは否定的なコメントをつける
場合でも同じです。嘘を書かないことが大事だと考えています。

その本心とは別のところで、言葉を受け取るにも発するにも情緒不安定な
人が多く、一時の感情で書き込んだ言葉があとになって自分の本心と違うと
考えるためか、取り消す人が多いのを観察してきています(意外な人が時々
そのように振舞うので戸惑うこともあります)。そういう人は多分変えようと
しても変わりません。その諦めが上記の言葉なのかもしれません。

しかし「ネット詩の耐えられない軽さ」の筆者をそのように見るわけには
いきませんでした。自分の発言を全うできないことがまさにネットの軽さ
であると思うからです。ただ、これは私の定義する「軽さ」であり、筆者の
定義する「軽さ」はもっと別のところにある可能性もあります。
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