2004 08/12 13:44
ボッコ
「いま北海道では至るところでアムダ狩りが行われている。アムダというのは人間そっくりの生き物で、皮はなめして靴や鞄に、肉は軍隊用の缶詰に、骨は歯ブラシの柄から、ボタン、カルシウム剤の原料、等々と、かなり大々的な期待がかけられていたらしい。」
「恐ろしい食料難の時代だった。アムダの肉が歓迎されたのは言うまでもない。殺すはしから、飛ぶように売れ、たちまち大半が食いつくされてしまったという。」
「逃げたアムダは、山にのがれて、細々と暮らしていたらしい。そのうち、野生化が進むにつれて、再び旺盛な繁殖力を取り戻し、やがて山の収穫だけでは不足し始めたらしく、里に降りて田畠を荒らすようになってきた。」
「こうしてアムダは再び農家の大きな関心の的としてよみがえったのである。ただし今度は、憎むべき殺戮の対象として。」
「刺激的な話だった。ぼくはすっかり興奮してしまっていた。」
「そんな大事件が起きているというのに、新聞も、動物学者も、よく黙っていられますね。老人は、はにかむように笑って、小声で答えた。ま、みっともないからでしょうね。北海道の連中は、間抜け扱いされることに、とくに神経質なんですよ。」
「ぼくはさらに感動を深めた。これほどの異常事態を、こんなふうに淡々と、日常茶飯のように喋る時代が、いつのまにかやってきていたのだ。」「いまこそ万人が詩人に生まれかわる時なのだろうか。」
「しかし、重ねて問い返し、当然のことだが、すべてがぼくの単純な聞き違いのせいに過ぎなかったことがはっきりした。アムダは、なんと、ハムスターの聞き誤りだったのである。そして、そっくりなのも、「人間」にではなく、「ネズミ」にだったというわけだ。」
(以上、安部公房のエッセイ、「藤野君のこと」(新潮文庫、「笑う月」中に収録)より抜粋)
間違えるなよお!!!と声を大にして言いたい。
それでもそこから「どれい狩り」とかの作品を書いたっていうのだから、それは凄いとおもうけどさ。