06/04 10:08
川村 透
>問題はその大切なものをほんとうに大切にするとはどういうことかが、
>子どもの側から問われているような気がする。
僕はセンスが悪いんでやっとおぼろげながら、どこを問題にしたいのかと言えばこのあたりなのかな、と思えてきました。でも残念ながら僕はもう子どもじゃない。だから何を言ってもどこかで、詩的粉飾をしてしまうに違いない。でも僕は僕のこどもをほんとうに大切にするとはどういうことかをない知恵絞って考えてできることをやるしかない。汚染されたところ、好きだったよ。油の浮いている水たまりは蒼い中に虹色みたいではだしでバシャバシャやったよ。ガキの頃、無茶をやったよ今にして思えば。勝手に現場に入ってはりとばされたよ。変なモン一杯口に入れたりもした。無人島へ行くといってともだちで時間かけて船をつくり湾内一周やって定期船に追いかけられたりしたよ。添加物一杯の御菓子もどきたくさん食べた。舌がオレンジ色になるやつやらね。変なおっさんのひとりやふたりはそのへんぶらぶらしてた。そのへんなおっさんと二人で山歩きに行って、誘拐だと親どもが騒いで、帰ってきたら引き離されて理不尽で哀しい思いをしたこともあった。けどそのおっさんがどこの家の誰かはまち中のみんながよく知っていた。でもな。当時はまだそんな言葉がなかったが、僕は今で言うアレルギー性鼻炎になっていた。誰もそんなことは知らなかったと思う。そして今僕の娘は先天性の難病にかかっている。それは「遺伝子」によるもので一生つきあわなければならない。僕のこどものころの身の回りのことと関係があるのかどうかわからない。けれど万が一関係があったとしたら、僕はそんな環境に対して無自覚だった社会や僕の親たちを恨むのだろうか?でも恨むことはできなかった。でもせめて僕は僕のこどもたちのかよう学校くらいは、汚染からもっとも遠いところであってほしい。大人の都合で、工場の中にしとけ、ここしかないじゃん、他の土地あたるの面倒だし、便宜図ると俺が得するから、みたいな論理で強引に押し切ろうとする行為に我慢がならなかった。それは自分勝手な贖罪じみた代償行為かもしれん。そして行動の結果手に入れたものはただの「さらなる責任」だけだ。くそくらえってチャブ台ひっくり返せればどんなに楽だろう。そして僕はその責任を果たすために娘をだっこする時間を全部費やしてまちへ出て行っている。それによって断罪されるとしたら、でもそれはそれで仕方がない。今回のこと、世界中をさがしてもたったひとり、僕にしかできないことが多くあった。せめて自分で自分に対してそうでも言ってあげないと寂しくて仕方がないだけだ。子どもと市民を持ち出して物言っても何も通らないよ、少なくとも僕のまちでは、世の中ってどこのことを言うのかわからないが、僕にとっては一般的な言葉で世の中と言われてもわからないしピンとこない。個々の具体的なまち、があるだけで、僕は僕のまち以外のことはよくわからない。僕のまちにもうそ寒いところがある。でもそうじゃないところもある。それだけだ。