不寝番—みずの瞑り  デッサン
前田ふむふむ

      1

夥しいひかりを散りばめた空が、
みずみずしく、墜落する光景をなぞりながら、
わたしは、雛鳥のような足裏に刻まれた、
震える心臓の記憶を、柩のなかから眺めている。

(越冬する詩の地図)が貼り出される。
凍る散文の風が舞う、骨を纏う森が、
黒いひかりの陰影に晒されて、
寒々とした裸体を、横たえている。
燃えるように死んでいるのだ。
     薫りだす過去を、見つめようとして。
夜が、冠を高々と掲げて、
訃報のときに躓いた白鳥は、枯れた掌の温もりを、
抱えて、忌まわしい傷口を、開いてゆく。
       こわれた声で鳴きながら。

(感傷旅行)に浸り、
わたしは、咀嚼したはずの霊安室の号哭が、
劫火をあたためながら、抒情的に、生みだされて、
ときより、失われた水辺が、弧を描いて、
この胸のなかを、高らかに、はばたく午後に、
いつまでも、立ち会っていることに気付く。

降りつづける星の草々たち。
浮かび上がる凛々しいかなしみたち。
暗闇のひかりを、帯びて、見つめて――、
              泣いて、――、

(濁ったみずの地獄)が沸騰する。
夜に置かれた手は、冬のひかりをくゆらして、
小川の浅瀬をくすぐり、
鋭利な冷たさに、触れようと試みる。
そのとき、
わたしのなかで、惰性に身をやつす皮膚が、
茶碗一杯の過去も飲み干せない、
理性の疲労を、さらけ出すのだ。
         暗闇を引き摺るように。

蒼白い居間に、逆さまに吊るされた、
天秤の絵画がゆれて、
轟音をたてて死んでいる夜に、
わたしは、置き鏡に映った、
ひとつの孤独な自画像を、
見ることができるだろう。
だが、埃のついた、こころの眼窩を反芻しても、
ひかる空に戯れる、子供たちの透明な窓に、
紙飛行機をたおやかに、
飛ばす無垢な過去は、味わえないだろう。

(二つの比喩)が続けられている。
子供たちは、過去を知らないからこそ、
自由に過去と、うねりを打つように、戯れて、
過去を、歪んだ色紙の上に染めず、
静かな湖面の目次の上に、彫の深い櫂を、
差し込むことが出来るだろう。
伸び伸びとした櫂の指先のあいだから、
ひろがる地平線のない群青の空に、
無限の追悼を、描けるだろう。

子供たちは、わたしを置き去りにして、
   夏の饒舌な木霊を、真昼のみずのなかに、
        溢れさせていくのだ。
わたしは、振り返るように、見つめる。
あのうすい布がはためく、鳥瞰図のなかの岸を。

       2

十二音階の技法によるピアノ伴奏で、老いた両親が、わたしに子守唄を歌う、繰り返されるその調べは、多くの危うさと、わずかな真実があるだろう。かつて、世界の近視者の堕落が、深夜繰り返される案山子たちの舞踏会を、演じさせた烙印を知る者にとって、個の良心によって行われている、偶然は、やがて必然となるのだろうか。そして、消してあるテレビの画面の中で、卑屈な歪む顔が浮かぶ危うさは、今や全くの自由を手にした、鴎の群れが、空の青さを持てあましている時代の、古い写真の中で遠吠えをする、狼の危うさだろうか。禁煙した者の部屋に置いてある、鼈甲の灰皿には、黴の生えた古いタバコが、燃えている。それは、遺書を読み上げる結婚式が、行われた夜、壊れかけた信号機のある無人踏切に、二人で現れる見知らぬ幽霊が、夜ごと、焚き火をしながら、最後の薄汚れた口づけに美しく微笑んでいる、そんな、幽霊たちの歴史において、行われつづけた欺瞞は、幽霊たちの石棺をあけて、腐乱した屍を、死の祭壇にさらしたのである。処女のような一本の塔を崇拝した者たちにしてみれば、石棺の上で、乱立した塔を見て、悲しむのだろうか。羨むのだろうか。新しい山々の木霊を、新しい海原のざわめきを、新しい街頭の先駆けが、かもしだす息吹を、ひたすら煌びやかな模様細工で飾り立てた、栄光の午後に、彼らの遺伝子を継承する子供を乗せる、白紙の百科事典でできた、あたらしい遊園地の観覧車は、熱病に冒されている子供である、あたらしい蜘蛛たちを乗せて、ガーシュインを聴きながら、今や、悠然と、幾何学模様の円を描く。
分娩と堕胎を繰り返しながら。
分娩と堕胎を繰り返しながら。

       3

不寝番が、ふかい森のみずの始まりを、
たえず見つめている、
    眼を瞑りながら、
森のみどりを見つめている、
  言葉の廃墟のなかから、火をたぐり寄せるように。
おもみを増した森の迷路を抜けると、
終わりの岸に出会う。
そこを、越えれば、懐かしい森の岸がせりだす。
湧きつづけるみずの声。
遠いつぶやき。

わたしは、精妙なみずのにおいを、ふりわける。

不寝番は、閉じた眼をあけると、
子供たちの世界が、冬のみずきれを、
はぎれよく、広げている、
抒情の砂漠を泳いでいるのが見える。

   わたしは、ふたたび、眼を瞑って。


 

 




自由詩 不寝番—みずの瞑り  デッサン Copyright 前田ふむふむ 2007-01-03 21:27:56
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