夕暮れ組曲
嘉野千尋


  やさしさと、            
  いつも呼んでいた
  傷つきやすいその心を
  やさしさだと、
  呼んでいたあなたの
  傷つきやすい心


  秋の終わりの
  夕暮れが
  あまりにも
  美しかったので
  すべてを忘れたふりをした
  わたしたち
  君はやさし過ぎるから、と
  そう言ったあなたの
  臆病なやさしさに、似て
  涙の色をしていた、
  あの薄藍の空


  あなたの微笑が
  いつもさびしそうに見えるから
  だからあなたを
  愛したわけではないのだと
  あなたにいつか
  ささやいてあげたかった
  あなたの呼ぶ声が
  いつもどこか震えていたから
  だからあなたを
  愛したわけではないのだと
  そう


  暮れていく空に向かって
  手を伸ばし合ったわたしたち
  差し出されなかったものを
  受け取ろうとして
  あなたもわたしも
  身を乗り出していた
  両手の先にまだ
  夕日の名残が
  置き忘れられたように
  温かく残されていたので
  季節が巡っていくことに
  気付かないふりをして


  今年の秋は、
  もう終わってしまったかい
  そう訊ねるあなたの声が聴こえる
  冬の風の吹く頃に、
  枯葉の匂いがすると
  わたしはあなたを想わずにはいられない


  やさしさと、            
  いつも呼んでいた
  傷つきやすいその心を
  やさしさだと、呼んでいた
  わたしたちの
  傷つきやすい心を
  夕日が染めていた
  あの秋の終わりの夕暮れに
  あなたの心は留まったまま
  季節を忘れて
  もう





自由詩 夕暮れ組曲 Copyright 嘉野千尋 2006-12-19 16:44:16
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