待ち人
肉食のすずめ

夕暮れ時に網戸が一人
黒く文様を描いている
私もこの時間になると一人
壁に掛けてある濃紺色のジャンパーの
奥へ
暗がりへ
入っていく

ジャンパーの先には夜の海がある

彼女はいつも一人
砂浜に座っている
人を待っているそうだ

今夜は暑いですね
ええ

水温が上がっているから
振り返らず彼女は答える
水平線の向こうから
こちらまでずっと
空は黒く
とどまっているのに
海面のところどころから
ときどき
白く沸き立つ音が
聞こえてくる

陸地から熱が奪われているの
どうして
さあ
もう
ここにはもう
人が
いないからじゃあないかしら
薄着の彼女は答える
確かに

つと
月光がさした
海面の温度も高いらしく
ところどころから
陽炎がたっている
おそらく
泡の源のどこかにいるのだ
でも
海はもう
人が入れる温度じゃない

それでもいいじゃあないか
私は心の中で叫ぶ
でも


もう帰ってこないかもしれない


彼女が震えた
きっと
寒いのだろう 
ずっと
座りつづけているから
砂浜は
日陰のスチールのようだから
彼女に

そう思って
胸に手を当てたら
気がついた
あの時間
あの部屋に
ジャンパーを
置き忘れてきた事を


自由詩 待ち人 Copyright 肉食のすずめ 2006-11-27 20:50:24
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