小詩集【招かれざる客をあばく夕べの招待状】
千波 一也




一、ヘヴンズ・ヒル

枯れることなく
花の咲きみだれても
それは
開くことをしない
閉じられたままの
かなしみの
すそ

風が
つねに優しいならば
怯えることも
すさぶこともないけれど
こおれるものを
溶かしうる熱量を
おぼえることもない

風は
通り道を
易しく拓きつづけて
はげしく
或いは
ささやかに
それはそれは自由に
いたみを
残す

月そのものに
おそらく翳りはない
手がかりならば
そう
異国への旅を
よろこべばいい
思い当たる横顔の数だけ
純粋さは疑われるだろう
ほかならぬ
おのれに

ちいさな足もとには
少しの土があればいいのに
のぞみはいつも
縛りつけられたまま
気付かずに堕ちてゆく

此処がそれ

あこがれの対極



二、化石の森

愚問は
ついに完成されぬまま
その
かなしみはいつしか
見ようによっては
魅惑となり
密やかな
きょうの日の加減が
夕陽のなかで
華々しく沈黙をする

断言も
断言せぬことも
それぞれに
おそろしく適度に
未遂をたたえる

昔々
ものごとは
簡潔だっただろう
名前や音や学びや契りや
広く深く難しく
ものごとは
簡潔だっただろう

石は
風にそよがないけれど
それこそが
一部を忘れたものたちの
一途なおごり
なのかも知れない
時を守るすべは
満ちていても
だれもが
孤独に
満たされてゆく

動いているのに
動いていない
森が
森の名が
いつしか互いを遠ざけた
手招くかたちを
留めたまま



三、失踪

呼び鈴が鳴り続けている
きのうから
きのうまで
呼び鈴は
鳴り続けてゆく

永遠に
永遠を崩さなければ
永遠は微笑まない

それだから
呼び鈴は
なおも
不在を確かめる

管弦のなかで
円舞のなかで
きょうではなく
あしたでもなく
ただ
きのうのためだけに
祝杯は
絶え止まない

拍手喝采のなかで
時計はいつも過去を進む

誰のための客人であり
誰のための主人であるのか

知らないままで
済まされてゆくことから
順番に
知りうるさなかで
失い続けるならわし

まぼろしにも真偽はある

あばきながら
あばかれながら
存在はせわしなく
不在を往くのだろう



四、架空

衰退という言葉を覚えてからは
賑わいと
寂しさとを
天秤にかけている

贅沢イコール幸福
その算式は
完全には正しくないけれど
完全なる誤りでもないだろう

拡散にはきびしさを
縮小にはいつくしみを

わかっているからといって
そのままに
歩けるわけではない
そうしてそこに
勝敗を持ちかける者もある
そんなふうにどの意味も
無の向こうから
生まれくる

想うことを癒しとすれば
想うことは傷にもなるだろう
いちばん遠いものたちは
どこかをさかいに
いちばん近い

限りなく
限りあるすべてを拒んでゆけ

あの
空に架かる絵は
相似を招きはしても
整合を招きはしない
それが本来の
さよならのやわらかさ

容易いとおもえば容易く
難しいとおもえば難しい
あきらめをあきらめて
ゆるしをゆるして
限りなく
限りあるすべてを拒んでゆけ



五、セピア・ノート

祈りのままにときは降り
季節は積もりゆく
それが
落ちるということの
ひとつのかたち

数えうる指先には
幾つでも隙間があって
さがしてゆくほどに
さがしものは
増えてゆく

ゆるやかに適合性を失って
不慣れにも
願いの重さを背に負って
代わりに
臆病になってゆく代わりに
誰もがみんな
褪せてしまえる権利を
握る

記憶は停まらない
忘れるためだとか
覚えるためだとか
それぞれに
おぼろな文字の滲みを
はっきりとみとめながら
あたらしくなるたびに
過ぎた総てをつれて

なつかしさは
はなはだ複雑に純粋な迷路
ただそれだけのこと

褪せてしまえる権利の
わかりやすさには
ためらいのあと
誰もがつよく
つよく握り

深みを帯びる肌色のうえ
祈りのままにときは降る

祈りのままにときは降る





自由詩 小詩集【招かれざる客をあばく夕べの招待状】 Copyright 千波 一也 2006-10-25 10:43:08
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