三つの街—浮遊する断片
前田ふむふむ

    1 追憶の街

(そこを曲がると目的地だ。
(たくさんのヒヤシンスの花が僕たちを見ている。
(そう、あの青い塔のある丘まで競争だ。
(君の長い髪がそよかぜにのって
(春を歌っている。
(僕が勝っては駄目だと、
(袖を引っ張った君は
(やさしく、はにかんだ。

(太陽の日差しがおだやかな丘のうえで
(かすかな涙が君の頬をつたった
(大丈夫だよ
(僕が君の涙と涙のあいだの夕暮れを
(無限の花で埋め尽くしてあげるから。
 ・・・・・・・・・
廃墟になった街を、走り抜ける自動車の窓から、
夜をなめるように、あつい劫火がみえる。
わたしは、曲折した夢のなかへ、微風を転がしている。
微風に靡いて、赤い炎が、
鮮やかに、わたしの忘却を焼き尽くして。

          炎のうしろを廻る、
棟々の水底に、なつかしい墓標を横たえる。
みずの底流を辿れば、あなたの名前を刻んだ、
赤い血液の冒頭が、
厳かに、浮かび上がる。

青い空と、みずのような虹に、戯れた遠い日、
ひそかに置き忘れた、あなたとの約束が、
後ろ髪を引く、しがらみをほどいて、
わたしは、胸に沈めた、古い暦の祝日を、
捲り始める。

追伸。
みずいろが薫るあなたへ。

あれは、海鳴りが、わたしたちを飲み込んでゆき、
滔々と、ふたりで流れた夜でした。
あなたに貰った手紙が、薄紅色に、泣いています。
あの、手触りは、忘れません。

いまも、
あなたと一緒に、生きている街を見ています。


    2 誕生の街

吐きだされる、むせかえる欲望が、
賑わう不眠の街に、柔らかい肌を、浮き上げる。
十代を開く女たちは、重なりながら、赤い闇に消えてゆく。
戯れる青い階級の、肉体をむき続ける、
乾いたネオンが引きだす、
古い衣装を纏った時計の波は、
あたえられた風景を、坦々と、刻みつづける。
すでに、飽きられた窓は、いつまでも、娼婦のように、
怠惰な抱擁に流れる。 

薄汚れた街角に、異形の胎児が捨ててある。
その胎児を跨ぎながら、ふたりの男が罵り合っている。
左手にギターをもった男が
   「わたしがひきとり育てよう。」
右手に法律書をもった男が
   「わたしが人知れずに葬ろう。」

見知らぬ場末の路地の溜まり場は、
煌々と孤独な月に揺らめいて、
新しい文化の産声が、
鮮烈に、溶けだす朝を待っている。

     胎児のまわりを、
       十代の伝書鳩が無邪気に旋回して。


   3 戦慄の街

石の巧みを、縫い合わせて、
若い湿原に、白い街は、静かに浮ぶ。
聡明な神学の祈りを浴びて。

避暑の庭の意匠を、照らす灯台は、
草莽をもてあそび、渇きつづける空に、滴る、
赤い血液を凍らせる。

汚れた黒衣をはおる、夥しい敬虔な姿態は、
沈黙を固めて、
痩せた市場の賑わいを、散らして、
ふたつの大河の中原をわたる、砂流の胸に
陰鬱な経験を埋める。

葬送を終えた鳥たちが、街を渡ってゆく。

燃え尽きた河岸に沈む、涙を、
女たちは拾いあつめる。
裂けた白い思想に、縛られて、
男たちは、茫漠とした迷路を走る。

流れるかなしみのみずの支流を、束ねた、
信仰の回廊は、深く傷ついた砂塵の海原をうるおして、
           バスラの風貌は、
       いつまでも、痛んだ眠る祖国を描く。



自由詩 三つの街—浮遊する断片 Copyright 前田ふむふむ 2006-10-24 22:39:06
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