幸福な九月
千月 話子

あなたが優しく息を吸い
ふい と息の根を止めた時
私は とても幸福でした


流れる雲は川面に映り
青い空を魚は流れる
錯覚しておいで
この手の平の陽に
飛ぶ魚よ 飛ぶ鳥のように


あなたが麗らかな日に
そっと 息の根を止めた時
私は とても幸福でした


静かに風の通り抜ける小さな部屋で
踊る少女の足首を見ていた
細く柔らかに上昇する
ピアノの丸い音が
彼女の細い首筋から
螺旋を描くように降りていくので


あなたが瞼を暖かくして
すー と息の根を止めた時
私はとても幸福でした


夕立の少し過ぎた季節の夕立の
やって来た道は ほの暖かく
私とあなたの好きな川面を揺らし
魚は水へ 鳥は空へ
私は橋を渡って温かな家へ
帰って行きます
 泣いていたのですか?
 あなたの帰る場所は もう


あなたが寂しくも潔くもして
とたん と息の根を止めた時
私はとても幸福でした


晴れた空に虹は架かり
私の目の前で道になっても
ああ、、美しい と思うだけ
 手を振っていたのですか?
 旅立ちを知らなかったので まだ
 ずっと続いていた思い出を慈しむ日々


あなたが遠い日に
しん と息の根を止めた時
私の今日も幸福でした


懐かしい風のふいに吹く午後
聞いていた歌から愛の言葉が
繰り返し 繰り返し 愛しいと

ああ、、勘違いしそうです
歌唄いの声が呪文のようで
ああ、、勘違いしそうです
ジャケット写真に写る異国の人が
似ているようで
 忘れないで と言っているのですか?

今年も甘い花の香りを連れて来て
私は いつでもここに居るから 




 


自由詩 幸福な九月 Copyright 千月 話子 2006-09-17 23:50:08縦
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