森の経験
前田ふむふむ

深くみずをたたえて、湿度を高位にくばり、
森に沈みこむ薄化粧の木霊は、
香ばしい季節の賑わいを、端正に、はおり、
浮かび上がるみどりに浸る、
眩い光沢を、透き通る声の上に配して。

流れる森をゆく、調律された時が、
微熱に燃える季節の頂きの足場を砕く。
鳥の五色の声を浴びて、
秋の涼やかな音を林間のしとねに溶かして、
森は、意味を感傷する歳月を、走るみずに、刻みこむ。

あなたは、ひとたび、
ひらかれた青い暗闇をよこたえる。
昏睡する夏を置き去りにして、
低く牧場のひろがりを一瞥すれば、
頬を赤らめた若いふたりのかさなりが、
澄んだ汗を滲ませて、季節に問う。

森は永遠に、いのちの循環を生み続けるのですか、
森は永遠に、みずの慈愛を享受するのですか、
わたしたちは、永遠に森でありうるのですか。と。

風をゆく森の折り目は、落葉の頻度を高めて、
いのちの新しさを、堅い根を這うみずに、
隠そうとする。

ふたりは、たおやかに、森の流れに横たわり、
呼吸をみどりの鼓動に合せて、
ひとときの、あさい眠りをむさぼる。
清らかな肌が、草々の彩色を染めて。
季節は、激しく戯れて、更にしなやかな肉体を広げて――。

森は厳かに落日の仕度を整える。
ひとときを、消えゆく夏の未明に刻んで。
森の経験は、ふたりを乗せて、
繰り返される森の日記を捲る、旅を始める。
成熟した白い季節の上で。


自由詩 森の経験 Copyright 前田ふむふむ 2006-09-13 22:55:53縦
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