十六夜
千波 一也

水が割れるのです

いま
指先の銀の引き潮に
水が
割れるのです


うなじを笑い去るものには
薄氷の影の匂い
たちこめてゆきます
たちこめてゆくの
です


紫色の風呂敷包みには水母が群れています
案じて下さる必要は
微塵もありません

病みが染みついているのは
寧ろ、あか

舌先ひとつで嗅ぎ分けて
此処まで辿り着いたつもりです


鉄の肌触りに濡れている夕刻が
ながらく凪いでいた岩礁の果て
そろり、そろりと
爪を研いでいます

その耳を丁寧に閉じて
みてください


ほら
指先の青の満ち潮に
雨が誘いをかけています

傘を持たない灯籠は
そうして土へと溶けてゆくのです



涙の全てに優しき羽を

柏手一つで流れるように
涙の全てに
優しき羽




黄色の小花の表門にて
うつむく瞳を
小指で持ち上げます

いま
吹き閉じてゆく
雲の真下で




自由詩 十六夜 Copyright 千波 一也 2006-08-24 15:23:45
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【月齢の環】