愁色の午後
前田ふむふむ

失われた街が視界のなかを流れる。
忘れられた廃屋に寄り添う墓標の上で、
目覚めた透明な空が、
真昼の星座をたずさえて、
立ち上がる高踏な鳥瞰図に、赤い海辺をうち揚げる。

繰り返し、磨きあげた弔意の風が香ばしく過ぎて、
みずいろの夢を控えめに、育てた、
沈黙を搾り出す時間が、血液の色を語り始める先端に乗って、
古い衣装の裾を、捲りながら、打ち寄せる。

波は、いつまでも白く。

高さを定められた熱狂は、
孤独な装飾を、いつまでも塗りこんで。

平坦な歪曲を飲み込んだ、
燃える世代は、壊れたバケツでまかれて、
地面に散らばり、灼熱のアスファルトで、
渇きながら、通俗的な汚水になって這い回る。
父は、不毛の汗の滲みる赤い海を浴びて、
                 泣いた。
母は、短いいのちを、砲台の叫ぶ空で、
                 食んだ。

もがいていき着く詭弁の棲家が、
淀んだみずたまりを低地にほりだして、
二つの崩れかけた強弱の尖塔を、
冷たく描き出す。
遺物の色をせりあげて。
二千八年、八月の夏はくだりゆく。
白い捕囚の紐を幾重にも繋ぎ、
おなじ季節はふたたび回り続ける。
漆黒のひかりは、やわらかい夏の底のひろがりを、
世俗の雑踏のなかで意訳して、
並べられた時間のなかで
陵辱された思想の岩を溶かしてゆく。
底を示さない痛みの連鎖を充たしながら。

燃える夏は、遥か岸辺の歪んだ冬を、
活字の荒野で辿ってみせて、
痛みをもたない、わたしの浅い衣装の胸元を
切り裂いてゆく。
訪れるものは、はじまりを刻む過去、
尚、深い色に馴染ませて、
若い多弁な実像は、空しい夢のなかを翔ける。

波はいつまでも白い。



自由詩 愁色の午後 Copyright 前田ふむふむ 2006-08-23 00:04:59
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