棚の中のきりちゃん
服部 剛
長い間
棚に放りこまれたままの
うす汚れたきりんのぬいぐるみ
行方知らずの持ち主に
忘れられていようとも
ぬいぐるみのきりちゃんはいつも
放置された夜の中で独り
幸福だった日々を夢に見ている
遠い雪国に嫁いだ姉が
慣れない暮らしに疲れ
実家に戻っていた頃
人に言えない哀しい呟きに
2本の耳を傾け
黙って聞いていた日々を
昨夜
探し物をしていた僕は
久しぶりに姉の部屋の棚を開くと
ぬいぐるみのきりちゃんは
積み重なる本の上にうつ伏せていた
折れかけてガムテープを巻かれた
片方の耳には姉が書いた張り紙1枚
「 耳がとれそうです・・・優しくしてあげてね 」
棚の中に手を伸ばし
長い首を抱きかかえ
うす汚れた黄色い毛並みを撫でると
つぶらな黒い2つの瞳に滴が光った
今日
風邪で仕事を休んだ僕は
きりちゃんの顔が見たくなり
誰もいない姉の部屋に入ると
ベッドの足元にいたきりちゃんは
少し恥ずかしそうに
布団で顔を隠していた